藤原彰子が屋敷を後にしてから数日が経過した。彼女は、忠告を守り、外出を控えていたが、不安は募る一方だった。夜毎に悪夢は続き、その度に蠱毒の鬼が彼夢の中で形を変え、煽ってきた。美貌は徐々に影を帯び、周囲も変化に気づき始めていた。
ある晩、彰子は再び夢の中で森を彷徨っていた。闇の中でうごめく無数の影が、彼女に囁きかける。「お前もこちら側に来るのだ」と。その声は次第に大きく、そして耳をつんざくような嘲笑へと変わっていく。彰子は夢の中で必死に逃げようとするが、足が地面に吸い付かれるように動かない。やがて、巨大な影が彼女の前に立ちはだかり、その醜悪な姿を現した。
蠱毒の鬼: 「お前の心は、闇に染まっている。我が力を受け入れ、永遠に共に歩むがよい。」
鬼の声が響き渡る。彰子は声に抗おうとするが、その力は強大で、意識が闇に飲み込まれそうになる。その時、突然、強烈な光が彼女の目の前に現れ、鬼の影を弾き飛ばした。光の中から現れたのは、安倍晴明であった。
晴明: 「まだ負けてはならぬ。お前には、まだ人としての魂が残っている。」
晴明は夢の中に現れた異形の鬼を封じるため、呪文を唱え始めた。彼の声が響くと、鬼は苦悶の表情を浮かべ、徐々にその形を失っていった。しかし、完全に消滅することはなく、鬼は最後に不気味な笑い声を残し、闇の中へと消えていた
朝が訪れ、彰子は汗びっしょりで目を覚ました。自らの命を守ってくれた晴明の存在に感謝しつつも、夢の中で見た鬼の言葉が頭から離れなかった。「私の心が闇に染まっている…」彰子は鏡を覗き込み、そこに映る自分の姿に驚愕した。肌は以前よりもさらに青白く、瞳には不気味な光が宿っていた。
その日、彰子は再び晴明の元を訪れる決心をした。彼女の心の中に芽生えた疑念を晴らすために。
安倍晴明の屋敷では、彼もまた昨夜の出来事について深く考えていた。夢の中に現れた蠱毒の鬼は、ただの幻影ではなかった。その力は現実に影響を及ぼし、彰子の魂を蝕んでいるのは明らかだった。晴明は、これが単なる夢ではなく、より深い次元での闘いであることを感じ取っていた。
その時、屋敷の門が叩かれた。晴明は来客を迎え入れるため、扉を開けると、そこには青ざめた顔の彰子が立っていた。彼女の表情には明らかな疲労と恐怖が浮かんでいた。
晴明: 「藤原様、お待ちしておりました。どうぞ、お入りください。」
彼女を座敷に通すと、晴明は穏やかな声で話しかけた。
晴明: 「昨夜の夢のこと、詳しくお聞かせください。」
彰子は一瞬ためらったが、すぐに口を開いた。
彰子: 「昨夜、再びあの鬼が現れました。そして、心が闇に染まっていると言いました。晴明様、私は本当に鬼に取り憑かれてしまったのでしょうか…」
その言葉に晴明は静かに頷いた。
晴明: 「蠱毒の鬼は、虚実を操り、心に影を落とします。しかし、完全に取り憑かれたわけではありません。まだ、あなたには抗う力が残っている。」
彼の言葉に、彰子は少しだけ安心したようだったが、不安は消えなかった。
彰子: 「それでは、どうすれば…」
晴明は少し考え込み、そして決意を固めたかのように口を開いた。
晴明: 「蠱毒の鬼を再び封印するために、私はより深い調査を行う必要があります。藤原様、あなたにも協力していただきたい。これからは、私が陰陽師としてあなたを護りますが、あなた自身も強い意志を持たねばなりません。」
彼の言葉に、彰子は深く頷いた。