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イケメン騎士様は、むすっとした表情を隠すこともせず、ただ腕を組んで一人掛けのソファに腰かけている。
ティアがそこに座れば、つま先がやっと床に届くか届かないかなのに、彼は長い脚を見せびらかすように優雅に組んでも、片足はきちんと床に届いている。
ふんぞり返っているように見えるその姿は、腹が立つほど、素晴らしくカッコいい。
最近メゾン・プレザンのシェフ見習いで入ったドゥールは、実は男性が好きな男性だ。だから絶対にドゥールにこの姿を見せてはいけないと強く思ってしまう。
騎士様のマントと剣は、ポールハンガーに掛けてあるけれど、濃紺の上着は着たまま。秋だから肌寒いのか。なら、暖炉に火をくべようか。
ティアは騎士──グレンシスの背後に立ちながら、そんなことを考える。
(なんだか、以前も似たような光景があったな)
ただその時は、自分はグレンシスに他の娼婦を宛がおうとしてしまったし、心の中で散々性格が悪いと悪態を付いていたし、舌打ちもしていた。忘れたいけれど。
一方、グレンシスも帯剣して、警戒心を剥き出しにしていた。今は丸腰だから、全く同じじゃない。
一人掛けのソファに座っているグレンシスは、今、不機嫌だ。
マダムローズとの対面を、バザロフに持っていかれたことに憤りを覚えている。本来ならグレンシスがマダムローズに書簡を渡し、その後の指示を受けるという予定だったのに。
いざマダムローズの部屋に一歩踏み入れた途端、バザロフは、あろうことかグレンシスを部屋から追い出したのだ。
まるで自分では力不足だと言われたようで、グレンシスは大変屈辱的だった。でも、バザロフはただ、部下には聞かせることができない男女の会話をしたくて二人っきりになりたかっただけ。
そんな複雑な事情があれど、誰も何も言わないせいで、ティアはグレンシスがひどく不機嫌なのは自分のせいだと思い込んでいる。
とはいえティアは、この沈黙に耐えられなかった。
「あの……グレン様、お茶でも飲みますか?」
問いかけた途端、いらないとそっけなく言われると思いきや、
「お前が淹れてくれるのか?」
グレンシスは振り返って、行儀悪くソファの背もたれに肘を置きながらティアに問いかける。その仕草、無駄にカッコいい。しかも、とても嬉しそうだ。
まさか、そんな表情を向けられるとは思っていなかったティアは、妙に恥ずかしい。
運が悪いことに部屋の隅に、お茶のセットが用意されている。気持ちを落ち着かすために、外へ出ることもできない。
言いだしたからには、お茶を淹れなくてはならない義務感で、ティアはぎくしゃくとワゴンの元に足を向け、お茶の準備を始めた。
これまで何十回、いや何百回もお茶を淹れてきたというのに、グレンシスが飲むと意識するだけで手元が狂いそうになる。
そんな挙動不審なティアの動作を、グレンシスはしっかり見ていた。
「気まずいか?」
「っ!?」
急に声をかけられ、ティアは思わず手にしていた紅茶の缶を放り出しそうになった。
なんとかそれを床にぶちまけることはなかったけれど、缶を持つ手は笑ってしまうほど震えている。
それを冷静に見ていたグレンシスは静かに立ち上がり、ティアの手から紅茶の缶を奪ってワゴンの上に戻すと正面から向き合った。
「俺は、お前に会えて、とても嬉しい」
一語一句、ちゃんとティアに届くように、グレンシスは芯のある声でそう言った。
反対にティアは、きゅっと唇を噛み俯く。
あんな別れ方をしたというのに、こういう時「私も」と、言っていいのだろうか。図々しくはないだろうか。
でも、それを悩む前に彼に伝えなければならないことがある。
「グレン様、聞いて欲しいことがあるんです」
「ん?なんだ?」
俯いたまま小声で切り出せば、グレンシスは優しい口調で膝を折り、ティアを覗き込む。そうされると、かえって言いにくい。
ティアは緊張のせいで少し乾いた唇を湿らせてから口を開く。
「ロムさんに求婚されたの、聞いてましたか?」
「ああ、聞いていた」
「それのことなんですが」
「ああ」
打って変わって、気のない相槌を打つグレンシスにティアは怖じ気づいてしまう。
でもグレンシスの瞳は遠慮なく急かすし、ティア自身も後には引けない。
「私、断るつもりでした。わ、私……グレン様からの求婚を断ったのに……他の人からのそれを受ける気なんて……あの、これっぽっちも思ってなんかいません。それに私は今でも……あ」
──あなたのことが好きなんです。
うっかり、喉までせりあがった本音に、ティアはひっくり返るほど驚いた。
もう全部が過去の事だというのに、あまりに未練たらしい。気を抜けば、ポロリと好きという言葉が転がり落ちてしまいそうで、慌てて口を両手で覆う。
そんなティアの中途半端に終わった説明に、グレンシスは安心したように薄く笑った。
「なんだそんなことか」
オイルランプで照らされた部屋で、グレンシスが息を呑むほど優しい笑顔を浮かべるのがわかった。
言葉にできない感情が、ティアの心の中で激しく渦を巻く。
「グレン様にとっては、その程度の……ことなんですか?」
かすれた声でティアが問えば、グレンシスは緩く首を横に振って馬鹿なことを聞くなと言いたげに苦笑する。
傲慢とも言えるその態度は、ティアの不安や懸念を根こそぎ取り払うのに充分な仕草だった。