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翌朝、ナタリーは、館の現実を見ることになる。
内装は、確かに、素晴らしい。
しかし、問題は、前庭だ。
海風のせいで、植わっている木々は、風が吹き付ける方向へなだれ込む様に、形を変えて伸びている。
つまり、風の力が強すぎて、木々がもたない。さらに、塩害の為に、緑豊かなはずが、枝、だけになっていた。
が、なぜか、ところどころ、隆々とした緑色生い茂る木々が、真っ直ぐに伸びている。
カイゼル髭、いや、執事が、用意した馬車の中から、この、事情の説明を、ナタリーはカイルから受けていた。
「だから、兄貴は、見た目に凝るんだよ。こんな、海辺で、庭園なんて、無理だってこと、この現実を見ても、理解できないんだ。その場所に適した、植物ってものがあるのに、そんなこと考えもせず、ダメになったら、新しく植え替えて……って、意地でも、自分の理想とする庭園を作ろうとする。その、無駄な経費は、どこから出るんだ?自分が増やした資産だ、文句あるまいなんて、言ってるけどさあー、こんな、馬鹿馬鹿しい使い方って、あるかい?」
確かに。
冬のシベリア高原で、花畑を作るようなものだ。
「これで、王になるだ、はたまた、退位して、アメリカへ行って投資するって、上手く行くわけないだろ?」
「まあ、そのようね。でも、卿は、ファッションリーダーよ?」
「んじゃー、ナタリー、君の店のドレスでも、着せておくかい?」
「あのね……、あなた、……でも、ああ、それ、悪くないかも!」
いきなり弾けるナタリーへ、カイルは、侮蔑の眼を向けた。
「冗談なのに……」
「わかってるわよ!でもね、カイル、あなたは知らないと思うけど、卿の名前は、絶大なのよ!だから、卿のデザイン、いえ、監修ってことにすれば、飛ぶように売れるわ!それで、損失補てんすれば、いいじゃない」
はっ、と、カイルは、鼻で笑い、馬鹿馬鹿しいと、ナタリーの話を受け付けない。
「まあ、いいわ。どうせ、私の店も、押さえられてしまっていることでしょうし、ああ、それとも、ロザリーから、取り戻してくれる?」
ナタリー、と、カイルは、困った顔をして、
「そうなると、また、お針子ちゃんと、俺、寝ないといけなくなるでしょ?」
などと、聞きたくもないことを言ってくれた。
あっ、と、両頬に、手を当ててカイルは、とっさに身構えるが、ナタリーは、
「それより、これから、乗り込む先の、宰相とやらに、おねだりする方が、もっと、良い店持てるかも。もちろん、おねだりは、ベッドの中でだけど」
ふふふん、と、得意気な顔をして、カイルを睨み付けた。
「あー、降参です」
「口は災いの元ってことよ」
「ですね……」
えらく、素直な返事をよこすカイルに、ナタリーは、吹き出した。
「なるほどね、すでに、契約執行中というわけか」
「ちょっ!そうじゃなく!」
「そうじゃなく?」
「それを、俺に言わせる気なの?」
と、言うが早いか、カイルは、ナタリーの唇を奪い、ドレスの裾を、まくり上げた。
「ちょ、ちょっ!」
「昨夜《ゆうべ》の余韻が、残ってて、それが、たまらなくってさ」
などと、ニタリと笑うと、ナタリーへ、覆い被さった。
「あー、ちょっと、失敗。ハニーが、俺の上に来る方が、何かと楽しめたかな?」
どうせ、馬車の中だし、揺れるもんだし、何しろ、夫婦になろうとしてる二人だし、と、嘘か誠か、それらしいことを述べて、カイルは、強引に、刺激的な快楽を、ナタリーへ、与えた。
こうして、二人は、甘いひとときを過ごしながら、カイルの国であり、そして、ナタリーにとっては、依頼案件が待つ、ロードルア王国へ、向かったのだった。
ナタリー、ハニー、と、モゾモゾ耳元で声がする。
様々な疲れから、うっかり眠ってしまったナタリーは、カイルに、起こされていた。
馬車は、ひたすら走り続けているようではあるが、景色はというと、薄暗い雰囲気が漂っている。
寝ぼけて、自分がどこにいるのか、一瞬、わからなくなっていた、ナタリーは、これから依頼へという大切な時に、眠りこけてしまったと、ギクリとした。
思わず、あっ、と叫んで立ち上がろうとした瞬間、頭を打った。
その痛さと隣に座る男のハグに、ナタリーは、現実へしっかり、引き戻される。
(なんだろう、この、雰囲気。 カイルが、抱きついて来るのは、お約束、のやつではなく!)
「ちょっと、どうゆうこと?あなたの国は、山の中の洞窟にでもあるわけ?!」
ハニー、などと、甘く囁き、抱きつく振りをして、カイルは、ナタリーに外の様子を見せないようにしているのだ。
馬車の小さな窓から差し込めてくる太陽の光は、地中海を照らす、キラキラとしたものではなく、木立の間から、チラチラと、伺える光だった。
おかしすぎる。
目的地、ロードルア王国は、あの執事に教わった時点では、フランスの下、地中海沿いに固まる、小国の一つだったはず。
どう見ても、ここは、山道。
あっー!と、ナタリーは、叫んだ。
「カイル!あなた、そろそろ、もよおすんじゃないの!」
「ちょっ、ハニー、君ね、ああ、あの時のこと、根にもってるってことか」
「当たり前でしょ!恋の逃避行とか言って、森のなかに置き去りにしたことを、忘れますか!そして!それ、それから、どんな目に遭ったか、詳しく話してあげましょうかっ!」
言って、ナタリーは、カイルの頬をつねった。
あいててて、と、言いながら、カイルは、ちょっと、ちょっと、と、言いながらナタリーから離れようとする。
「逃すか!」
何故か意地になったナタリーは、カイルを、しっかり抱き締めた。
「はあーー、嬉しい!君から、こんな熱烈な愛情表現を受ける事ができるなんて!」
「何を、隠しているの!」
ナタリーは、なお、カイルを抱き締め、というより、身動きが取れないように、ガッツリ、両腕に力を込めた。
「わ、わかった!降参!やっぱり、ナタリー君には勝てない。ここは、フランス」
「なっ!?」
「あーー!ちょっと待った、落ち着いて!隠れ家というか、知り合いの、ロッジがあるんだ。そこに、君の荷物を用意してある。着の身着のままじゃ、国へ、入れないでしょう?」
つまり、あの、館から、そのまま直行したわけではなく、わざわざ、しかも、フランス領へ、入ったと。
「そんな事して、どうするの?!」
ああ、そうか、カイルは、フランスと、手を組んでいるんだ。
表面的に、とは、言っているけど、もしかしたら、我が身可愛さ、いや、どうでもいいや、長いものには、巻かれとけ、ぐらいの考えかもしれない。
うだうだと、理想を語るのは、いつも、ベッドの中。ということは、言っていることは真実とは、限らない。
男が、その場しのぎの言葉を、最も吐き出しやすい場所でだけでしか、ナタリーは、事情を聞いていなかった。
そして、沸き起こっている、いやな予感は、確実性を帯びて来た。
その、決定打となる、見覚えある車が、小さな山小屋の前に止まっていたのだ。
退屈そうに、女が一人、車にもたれ掛かって、腕組みをしつつ、男達と、話し込んでいる。
待ち人が、現れず、苛立っている。と、いうのが、ありあり感じられた。
「ねえ、カイル。あなた、待ち合わせに随分遅れたようね。お針子ちゃんは、お冠じゃない」
「あれ?おかしいなぁー、なんで、彼女がいるんでしょう?」
「そりゃー、フランス、だからでしょ?」
ははは、ナタリー、さすが!と、カイルは、笑って誤魔化した。
さて、その笑みは、ロザリーが、待ち受けているのを、知っていたのか、はたまた、知らなかったのか。
もう、そんなことはどうでも良い。ナタリーの胸の内は、依頼を遂行する、傾国のナタリーへしっかりと、移行している。
自分は、各国相手の工作員。それも、二つ名持ちの人間なんだと、ハニー、あれはね、俺も、知らないし、なんなんなだろう、ねぇ、ハニーと、甘えてくる男のことなど、気にもせず、ナタリーは、馬車を止めるように、御者へ命じていた。
ここで、止まれば、ロザリー、いや、国家機関とやらと、鉢合わせするが、知ったことではない。
気は滅入るが、隣の、お調子者は、依頼人。そして、そいつの為に、ナタリーは、是が非でも予定通り、ロードルア王国へ向かわねばならない。
本当に、用意されているか怪しいが、とにかく、ナタリーの荷物とやらを、手にいれて、ついでに、ロザリーを上手く言いくるめ、王国の、実権を握っている宰相とやらを、落とさなければならない。
このまま、突っ走れ!と、御者へ命じても良いが、ロザリーの出方も気になる所。
なんだか、この話は、遠回りしすぎてしまっている。
よくよく考えてみれば、ロザリーからの強制的な依頼が、カイルよりも、先なのだ。
これは、ロザリーと一言二言、交わさなければならないと、ナタリーは、気を引き締めた。
馬車は静かに止まった。
カイルが、慌ててドアを開け、馬車から飛び降りる。
「あーー!お針子ちゃーーん!待っててくれたんだねーー!」
あの、チャラチャラとした、鼻にかかった、声で、カイルは、ロザリーへ向かって駆けていった。
「あーん!あたし、捨てられたかと思ったわ!ダーリン!」
「まさか、ダーリンは、お針子ちゃんから、離れられない運命なんだよ、もう、君の魅力が、チクチクと、ハートに刺さっちゃってるんだからっ!!」
きゃーと、ロザリーは、歓喜の声を上げて、カイルに、飛び付いていた。
同僚だろう、男達は、顔を背けて、肩を揺らしている。まあ、普通は、そうなる。
こりゃ、やっばり、カイルは、ロザリーと寝たな、と、ナタリーは、思う。そして、カイルは、ロザリーに、うんざりしていることも、なんとなく、感じていた。
それでも、カイルは、自らの義務を果たそうと、ロザリーの機嫌を取り続けている。それが、国の為なのか、ナタリーには、今一つ掴めなかった。とにかく、カイルは、そこまでするかと、弾けきっている。
「で、ナタリー、君はどうする?」
御者台から声がした。しかも、どこか、聞き覚えがあるものだ。
「あっ、え?」
ナタリーが、驚いている間も、御者は、続けた。
「あんた、カイルの婚約者なんだろ?設定は、しっかり、守らないとなぁ。どこで誰がみてるかわからねぇよ」
くくく、と、笑い声も聞こえるが、確かに、この、聞き覚えのある声の主の言う通り。
あんな、馬鹿者達は、ほおっておいて、と、思いつつあったが、そうなのだ。
ややこしい事になってしまっているが、カイルは、ナタリーと結婚したがっている。そして、将来の妻を自国へ連れて行っている途中でもあったのだ。
そして、そこに、恋敵が、現れた。
と、なると……。
ナタリーは、馬車のドアを開けて、叫んだ。
「カイルーー!そのお嬢さんは、どなたぁーー!」
あーん、とか、いやーん、とか、呆れ返るほど、甘いことをやっていた二人は、一斉に、ナタリーを見た。
「あっ、あっ、そ、それは、ハニー!!」
カイルが、言葉に詰まるが、そのカイルにへばりついている、ロザリーは、キッと、ナタリーを睨み付け、
「カイルは、わたしの王子様よっ!おばさんは、引っ込んでな!」
と、啖呵を切ってくださった。
「おば……」
うるせーよ!このかまととがっ!てめぇーこそ、仕事こなしなっ!と、切り返したいナタリーだったが、ここは、腕の見せ所。そして、なにやら、御者台からも視線を感じる。
つと、目をやると、御者は、あの、キャプテンだった。
「うそっ!」
思わず叫んだナタリーへ、ロザリーは、フワフワの巻き髪を揺らしながら、勝ち誇った様に高笑いしつつ、ダーリンーー!と、叫びながら、カイルへしがみついた。
ロザリーの、本気度に、トドメを受けたとでもいうべきか、ナタリーは、完全にやる気を失っていた。
くれてやるには、ちょうどいい。
邪魔な男もいなくなり、目的地へ、乗り込める。などと、思っていると、
「おい、ナタリー、それじゃー、カイルと将来を約束した女、には、みえねぇーぞ」
側から茶々が入る。
「あ、そうでした。何せ、久しぶりに、あんな、うぶな女《こ》見たから」
ナタリーの返事に、くくく、と、キャプテンは、御者台で、笑っている。
「まったく。王子、って、権力によろめいたのか、はたまた、カイルに堕ちたのか」
「さあーなぁ、カイルのあっちが、よっぽど良かったのかもよ?」
「そうかしらねー、普通だと、私は思うけど」
ぶっ、と、キャプテンは、吹き出した。
「いいから、まとめてくれよ、動くに動けない」
「わかった。傾国のナタリーの威力を見せてあげましょう」
言うと、ナタリーは、扉にしがみつきながら、よたよたと、馬車から降りるが、ステップを踏み外し、地面へ、崩れ混んでしまう。
そして──。
「カイル、どうゆうこと?私は、あなたの何だったの?結婚しようって、あなたの国へ向かっていたんじゃなかったの」
ゆっくりと顔を上げたナタリーは、はらはらと、涙を流している。
この、渾身の演技に、ロザリーの同僚だか、一緒にいる男達は、ナタリーへ、同情の目を向けた。
「……馬車を、出してください。今は、一人にさせて……」
マダム、立てますか?などと、御者のキャプテンも、調子を合わす。
婚約者の裏切りに、弱りきったナタリーの姿は、馬車の扉が閉まる音と共に、皆の前から消えた。
「いや、ちょっ、ナタリー!あの、これは、待ってて!!後でまたっ!」
流石のカイルも、ロザリーのお付き達に、白い目を向けられては、焦りに焦るしかない。
そして、ナタリーが、演技しているのだとわかりつつも、その余りのリアルさに、もしや、と、カイルの心は、ざわめいていた。
「ほほほ!マダーム!あなたは、単なる工作員《スパイ》、いえ、そんなの、もったいない!ただの、協力者だわね!さっさと、こちらの依頼をこなして頂戴!!」
勝ち誇ったロザリーが、馬車ヘ向かって叫んでいる。
中では、ナタリーが、あんたも、何か、カイルの国、いや、狙う摂政とやらに用が、あるんじゃないんですか?男にうつつをぬかして、職務はよろしいの?
とばかりに、ふふん、と鼻を鳴らしていた。
「よし、後は、こちらに任せてくれるか?」
御者台から、キャプテンの声がする。そして、荒々しく馬車は、動き出す。
「ハニーーー!!!」
何か、情けない声が聞こえたような気もするが、ここから立ち去れる事に、ナタリーは、ほっとしていた。