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某家守近のこと

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某家守近のこと

15 - 某家守近が女房武蔵野、出家を望むのこと3

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2024年06月05日

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それからというもの、何故か、武蔵野は、与えられている房《へや》に籠りきりになった。


食事はかろうじて摂るが、それも、箸をつけないときもありと、波があった。


気晴らしになればと、守近徳子《もりちかなりこ》猫、改め、武蔵野を、房《へや》へ放ってみるが、すぐに追い返される。仕方なし、皆で、武蔵野、武蔵野、と、猫を呼んでみる。

中堅どころの女房、橘《たちばな》が計略したもので、かの、天岩戸《あまのいわど》の如く、武蔵野様の気を惹けば、ひょっこり現れるのではないかと、言い出し、猫を武蔵野と改名したのだ。


武蔵野と、連呼しても、武蔵野の房《へや》は、実に静か。無論、本人が、顔を出すこともない。


無惨にも、天岩戸計画は、仕損じる。


その頃、守近は、日々の付き合いに興じる事なく、徳子《なりこ》と過ごしていた。


口煩く、遊興を注意する者がいないとなると、なぜか、屋敷へ足が向いたのだった。


それに、徳子のことも心配だった。


武蔵野の様子に、徳子も気落ちしていた。


正妻の勤めが果たせていないからだと、妙な、責任感から、こちらも、食が細くなり、顔色も悪くなる。


元々華奢な体つきであるのに、さらに、姿は痩せ細り、守近は、医師《くすし》に見せた方が良かろうかと思い始めていた。


そんな矢先、徳子が調子を崩した。


夕餉の席で、食したものを嘔吐《もど》してしまったのだ。


すぐさま、医師《くすし》を呼び、徳子の具合をみせたのだが……。


バタバタと、人が行き来し、徳子様!と、悲鳴のような声が響く屋敷の様子に、武蔵野も、落ち着かないのか、ついに、徳子の房《へや》へ顔を出した。


そうして、無理せぬようにと徳子をいたわると、途方もない事を口にした。


「この武蔵野、髪を下ろして出家いたしとうございます」

「出家?!」


思わず守近は叫ぶ。


「武蔵野!お前、出家が、どのようなものなのか分かっているのだろうな!夫に連れなくされて、失意の内に、とか、夫を振り向かせるため、わざと、とか、他のおなごから、夫を取り戻すために、出家すると脅してみたが、真に受け驚く夫の姿に、身勝手な事を言ってしまったと、思い悩んだ末とか、とにかく、夫絡みの理由が主《おも》なのに、お前は、夫もおらずして、どうして、出家などと言い出すのか?!」


夫、夫と、連呼され、武蔵野は、ムッとしたが、すぐさま、床に手をつくと、


「この度の、粗相の始末でございます。この武蔵野、少しばかり、頭が鈍ってまいりました。これでは、皆の、足を引っ張るだけ。もはや、これまで、なのでしょう」


と、例の検非違使とのやり合いを引き合いに出してきた。


「そうか、そこまで言うのなら仕方ない。調度、嵯峨野《さがの》に、当家の寮《べっそう》がある。良ければ、そこを、お前の庵《すみか》にしなさい。武蔵野、心ばかりの餞別だと、思ってくれ」


武蔵野は、黙って、頭を下げた。そうして、自分の房《へや》へ戻って行った。


「守近様。よろしいのですか?」


床《とこ》から起き上がろうとする、徳子《なりこ》を、守近は、制し、乱れた掛布を直してやると、徳子の側にゴロリと、横になった。


「そうですね。良いのかどうかわかりませぬが、あれの気性は分かっております。下手に反対すれば、妙に意固地になりますからね」


コクリと徳子は頷ずくが、


「でも、守近様」と、心もとなく呟いた。


「ええ、徳子姫の心細さも分かっておりますよ。ですがね、確かに、あれも、歳を取りました。そろそろ、役目を終える時が来たのかもしれません。私たちも、武蔵野から、かりそめでも、卒業得なる時なのでしょう」


うんうんと、守近の言葉に頷いていた徳子が、急に顔をしかめた。


「徳子姫、大丈夫ですか?お苦しいなら、遠慮なさらずに」


守近は慌てて起き上がると、枕元の手桶を取って差し出して、そろりそろりと徳子の背をなでた。


そう、徳子が臥せっているのは、病ではなく、懐妊したからなのだ。


「出家か。さて、徳子姫の事を、どう伝えましょうかねぇ」


守近は、思案する。


こうして、また幾日が過ぎた。武蔵野は、まだ、房《へや》にこもっており、また、屋敷には、ほぼ毎日、医師《くすし》が呼ばれている。


徳子《なりこ》の懐妊の件は、もう少し徳子の体が落ち着いてから、と、守近も徳子も思っていた為に、皆には知らされていない。


仕える女房達は、徳子が、何か悪いモノに憑かれてしまったのではと、思い始めていた。


やや、落ち着かない屋敷の様子に、守近と徳子は、時は今だと、ほくそ笑んでいた。


「お方様のご様子は如何ですか?」


なにやら、業を煮やした様子の武蔵野が、徳子の房《へや》に現れて、守近に責めよった。


「ああ、その事か。徳子姫は大丈夫だよ」


顔色悪く、横たわる徳子を前にして、何でもないと、いい放つ守近に、武蔵野は噛みついた。


「ですが、お方様は、臥せったまま。毎日、医師《くすし》が呼ばれているではないですか。もしや、医師《くすし》の腕に問題があるのでは?念のために、ご祈祷を願い出てはいかがでしょう?」


「おっ、流石は、武蔵野。鋭いな。そう、そろそろ、医師《くすし》を変えようと思ってねぇ。もう、産婆の手に委ねてもよい頃じゃないかと思うんだけど」


「そうですね。そろそろ……。は??!何と、申されましたか?!」


守近と徳子は、顔を見合せて笑っている。


「お方様、もしや!」


「うん、武蔵野が、出家するし、丁度良い。徳子姫の為に、祈ってくれるだろ?」


「……祈ると言うのは……あ、あ!何も分かっておりませぬなぁ!」


このような時は、神社仏閣へ、祈願参りするものだと、武蔵野は、守近に、物の道理を説いた。


「あー、じゃあ、武蔵野。出家の前に、祈願参りしてくれるかい?」


「勿論でございます!武蔵野が、安産祈願の有難いお札を集めて参りましょう!」


そうと決まればと、武蔵野は、慌ただしく房《へや》を出た。が、何か言い忘れた事があるのか、忙しげに戻って来る。


「先に言われておりました、嵯峨野《さがの》の寮《べっそう》をお借りできますか?あちらで、泊まり込み、参拝巡りをいたしとうございます」


確かに、嵯峨野には、数々の寺がある。まあ、武蔵野のこと、適当な所を探しだし、事を果たして機嫌良く戻って来るだろう。


守近も、徳子も、それ、を狙っていた。


出家と簡単に言ってくれるが、庵《いおり》の用意に、女人の剃髪を受け入れてくれる寺を探し、と、簡単に事は運ばない。


何しろ、女には、産まれもっての穢《けが》れがある。いくら徳を積んでも、女、という穢れは消えないらしく、極楽浄土へ向かうのも、なかなか困難なのだとか。


勿論、その穢れを嫌い受け入れない寺がほとんどで、しかも、徳子の出家というなら、まだ、話は早いが、屋敷勤めの、たかが女房となると、無理も無理。門前払いされるのが落ちなのだ。


しかし、相手は、武蔵野。言い出したら聞く耳などもたない。そこで、徳子《なりこ》の為ということにして、寺参りでもさせておけば、そのうち、気が収まるだろうと、守近は考えた。


屋敷から、離れれば、武蔵野の気持ちも、身体《からだ》も休まるだろう。今まで、休みなく働いてきたのだ。隠居、とまでは、言わないが、一休みさせるのも悪くない。徳子も同じ思いだった。


武蔵野が、完全に房《へや》から離れるのを待って、守近は、徳子に添い寝すると、そっとその体を包み込んだ。


「不思議なものですね。私たちの子供が、徳子姫の体に宿っているとは。さて、いつになれば、この子は、私の事を、父と呼んでくれるのでしょう」


まあ、気が早いこと、と、徳子は、笑った。


「あの、守近様?この事は、屋敷の者にどうやって……」


「ああ、心配めさるな、……ほら……」


きゃあー!わぁあー!と、女房に、男衆《げなん》に、女衆《げじょ》に、屋敷に詰める者達すべてが、喚声を挙げている。


「武蔵野が、準備に入ったようですよ。では、霊験あらたかな、お札とやらの帰りを待ちましょうか」


「ふふふ、結局、武蔵野に甘えてばかり。いつになれば、私達《わたくしたち》は、武蔵野から、卒っすることができるのでしょうね?」


あれ、本当に、と、二人は顔を見合わせた。

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