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某家守近のこと

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某家守近のこと

16 - 某家守近が竹馬の友、斉時(なりとき)のこと1

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16

2024年06月06日

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血筋良し、見栄え良し、都でも一二を争うモテ男、少将、守近《もりちか》の屋敷裏、通用口から、なにやら、話し声が漏れ聞こえてくる。


「猫が子を産んでいたとはなぁ!こりゃ、びっくりだ!」


「沙奈《さな》ちゃん、悪かったねぇ、まさか、譲ったあの猫が、孕んでいたとは思ってなかったもんだから」


「おや、干し魚屋。あんたが、事の発端かい?」


「もう、とにかく、大変だったんですよぉ!わからんちんの髭モジャ検非違使《けびいし》が現れて!」


「沙奈ちゃん、そりゃあ、大変だったねぇ。あいつらときたら、威張り散らすだけだからなぁ」


「ほんと、わからんちんな、奴らだよ!」


わはははと、出入りの商人達が、屋敷の女童子《めどうじ》沙奈を囲んで笑っている。


──今、都では、「少将様のお猫騒動」が、話題になっていた。


守近の正妻──北の方、徳子《なりこ》付きの女童子、沙奈が、主夫婦《あるじふうふ》の為に、出入りの干し魚屋から、猫をもらい受けてきた。


そうして、何をまかり間違ったのか、猫に、主夫婦の名前、守近、徳子と名付けて、可愛がる。


そこまでは、良かったのだ。


守近徳子猫が、居なくなり、慌てた屋敷の者たちが、都大路で、猫の名前を呼びながら、その姿を探し始めた。


タマやら、ミケやら、猫らしいものではなく、連呼するのは、少将夫婦の名。


通りかかった、巡邏《けいび》の、検非違使達が、これまた、大きな勘違いをおこし、少将様と、北の方様が失踪したと思い込む。


猫を探す屋敷の住人と、少将夫婦を探す検非違使では、到底、話が噛み合うはずがない。


お互い、何を言っているのかと、一触即発の大騒ぎ。当然、野次馬も集まって、やり取りは、すっかり見世物になってしまった。


居なくなった猫は、屋敷の縁の下で、子猫を産んでいた。子細を理解した野次馬は、蜘蛛子を散らしたかのように消え去ると、それぞれ、事の顛末を語り始める。


ああ、恐ろしきは、人の口──。


検非違使は、少将様の猫も探しきれぬ無能ぶりと、あらぬ方向に噂が広まった。


さらに、誰の仕業か、辻々の屋敷の塀には、騒動の当事者、検非違使《けびいし》庁の下級職、看督長《かどのおさ》の似顔絵が「わからんちんの髭モジャ男の図」と、落書きされる始末だった。


「いやー、しかし、北の方様も、ご懐妊とはなぁ。あながち、猫騒動も、馬鹿にできないもんだねぇ。あっ、そうそう。これを、北の方様に。干し雉《きじ》の肉。精がつくよ」


「あっ、これ、干し鮑《あわび》。猫が、迷惑かけちまったからねぇ。粥に煮込んで食べるといい」


「はい。椿餅《つばいもちい》。意外と菓子が食べ安すかったりするのさ。とにかく、食べない事には、体が持たないからなぁ」


沙奈《さな》へ向けて、数々の品が差し出される。


「オホホホ。皆の者、その様に気を遣わなくても良いのですよ」


袖で口元を隠し、女房ぶる沙奈を見て、一同は、さっと品を下げた。


「沙奈ちゃん、誰かお屋敷の人を呼んどいで!」


「おや、沙奈がすべて……」


言いかける童子に、一同は、ダメだとばかりに首を降る。


「だから、沙奈が、すべて取り仕切るんじゃなくて、食べちまうんだろ?」


「えっ!その様なことは!椿餅は、欲しいですけど……あっ!」


と、沙奈は、思わず口を滑らせた。


やっぱりと、出入り商人達は顔を見合わせると、すぐに、声の主へ、頭を下げた。


「いやいや、頭を下げるなら、もう少し、うちへ納める商品の値を下げてもらえねぇかなぁ」


手入れの行き届いた馬に乗る、公達がくだけた口調で言い放つ。


商人達は、別段驚く事もなく、


「ああ、沙奈ちゃん、斉時《なりとき》様のお出ましだ。家令《しつじ》さんを早くお呼び」


と、そっけなく公達の言葉をあしらうと、すみませんがこちらを、と、差し入れを手渡して、立ち去って行った。


「いやはや、皆、つれないねぇ」


それもそのはず。斉時と呼ばれたこの男、口の軽さは天下一。屋敷の主、守近が、都で一二を争うモテ男ならば、この御仁、都で一二を争うお調子者、なのだった。


沙奈から知らせを受けた家令が出てきたが、これまた迷惑そうな顔をして斉時を出迎えた。


とはいえ、ここは、裏口。本来ならば、正門へ誘《いざな》うはずなのに……。


「斉時様、申し訳有りませんが、本日、主《あるじ》は、物忌《ものいみ》に即《そく》しております」


「ああ、しっかり、門も閉まっていたなぁ。几帳面に物忌の札まで貼ってある。さすが、守近、いや、お前さんか……」


わはははと、斉時は豪快に笑った。


「そうゆう事情ですので、今日のところはおひきとりを」


「あー、それが、家令よ、どうしたことか、この斉時も天一神《てんいちじん》に出会ってしまって、方違《かたちが》えをしなければならんのだ。ところが、なんと!守近が屋敷のこの裏口が、最適な方角だと言うではないか!」


「ならば、この裏口で、一晩明かされますように。天一神も、恐れを成しますでしょう」


天一神とは、方角神の事で、天と地との間を往復し、四方を規則的に巡るとされている。そして、その天一神のいる方角に踏みいると、祟りがあると考えられていた。


その神が、斉時の向かうとする方角にいるらしい。


「いや、ちょ、ちょっと待った。土産はあるぞ!そう、物忌だったな。ほれ、干し雉、干し鮑、椿餅。火を使わなくとも大丈夫な物ばかりだ!」


斉時は、得意げに、預かった品々を家令に渡すと、馬を頼むと言い捨てて、屋敷の中へ踏込んで行った。

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