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屋上の一件以降。一週間、二週間が経過しても悪い噂を周囲が口にする事は無かった。『どういうことだ?』と不思議に思っていたのだが、偶然廊下で松島さんにとすれ違った時に『…… アンタを喜ばせる事なんか、絶対にしないんだから』と小声で吐き捨てるように言われ、やっと察しがついた。
『んな噂が広まったら、もう…… 清一に寄って来る女の子が居なくなって丁度いいんじゃね?』
そう言った俺の言葉を気にしての行為だろう。
『アイツらはホモ』と噂が流れなければ、まだ諦めずにいる清一に好意を寄せる子達が、無駄を承知でも特攻してくる。それにより俺との時間は少なからず奪われ、松島さんは少しだけストレスが発散出来るって寸法だ。
(他の女の子に時間を割いてる現状は、ムカつかないのかな?)
そう思うが、両想いだと推測出来るだろうこちらの状況の方が、より腹立たしいのだろう。まぁ、俺にとってはどっちに転ぼうが問題の無い話なので、そのまま今の状況を受け入れている。
「……ムカつく」
放課後の教室内。圭吾と琉成がパンを食べている様を、机に突っ伏し、ジト目で見ながら俺は呟いた。
「なんだ?また『モテたいー』『清一ばっかズルイー』とか言い出すのか?」
圭吾がパンを持ち、琉成がそれに齧り付く。もうすっかり見慣れたやり取りとなったが、コイツらいっつも何かしら食ってんなぁ…… 。
「うんにゃ、もう言わんわー。最近ちょっと女子怖えぇし」
「何かあったのか?あんだけ彼女欲しがってたのに」
圭吾から奪ったパンを嬉しそうに咀嚼し、琉成がそう言って不思議そうに首を傾げる。
「脅された、罠に引っ掛けようとされた…… んーまぁ、そんな感じ」
「おぉ、それは嫌だな」
モグモグしながらも、琉成が眉間に皺を寄せる。顔色がちょっと悪くなり、本気で嫌そうだ。
「俺はもう『モテたい』とも『彼女が欲しい』とかも無いけどさ、清一の“彼女になりたい子”は後を絶たない訳ですよ。散々いろんな子が断られているってみんな知っているはずなのに、なーぜーに当たって砕けにわざわざ行くのかな⁈と、理由に察しはついても、やっぱ毎度毎度思っちゃうわけさ!」
「『言っちゃえば?』って発破かけてる奴でもいるんじゃね?じゃないとさ、んな何人もにアイツばっか告白されまくるとか、流石に無いっしょ」
「——そ、ソレだ!」
圭吾の一言を聞き、納得しか出来ない。
そして、それをやりそうな人も一人思い浮かんでしまうので、もうそれが大正解だとしか思えなかった。絶対に上手くいかないとわかっていて、邪魔者を一人づつ消す為に松島さんがやり始めたに違いない。面倒な事するなぁとも思ったが、『中学の頃から好きだ』と言っていたから、片想いが長過ぎてもうすっかり恋心が病んでいるのだろう。
俺達のラブラブっぷりを知ったらきっとカッターとかで刺されるな。と、ニヤケながら考えていると、俺は肝心な事にふと気が付いてしまった。
(あれ?俺、清一に『俺も好きだ』って言われてない——)
「あぁぁぁぁぁぁぁ!」
バンッと机を叩き、叫びながら立ち上がる。
「煩いよー」
「黙れ」
琉成と圭吾がほぼ同時に文句を言う。だが教室にはもう俺達しか居なかったので、二人分の非難で済んだ。
「どうしたんだ?酷い悲鳴が聞こえたけど」
教室の入り口が開き、清一が室内へ入って来た。顔色があまり良くなく、疲れているのが明らかだ。
「お疲れー」
「気にすんな。充の考える事だから、どうせたいした事じゃない」
労いの言葉を言う琉成の横で、イチゴミルクの入る紙パックにストローを刺しながら圭吾がサラッと酷いことを言う。
(いいや、結構重要な事だぞ?付き合ってる同士だったら尚更だ)
そうは思うが口には出来ない。俺達が付き合っている事はまだ圭吾達には言っていないから、叫んだ理由を話せる訳がなかった。
「んじゃ、気にする必要は無さそうだな」
「お前までそれを言うかー!」
話しながら隣まで戻って来た清一を、芸人さんがツッコミを入れるみたいにベシッと叩く。
「機嫌直せって。帰りに美味しい物でも買って、俺の部屋で食べようぜ」
頭をポンポンと軽く叩くように清一が撫でてくる。それだけでちょっと嬉しい。
「そうだな、帰るか」
是非とも問い詰めたい事がある。買い物などする事なく、そのまま帰りたいくらいだ。
机の横にぶら下げた鞄を手に持ち、大量の教科書類のせいでトレーニングでも出来そうなくらいに重い鞄をよいしょっと背負う。
「んじゃ先に帰るな」
「おう。充、イライラして車に突っ込むなよー」
ブンブンと腕を振って、琉成が送り出してくれる。俺も手を振って応えると、清一と揃って教室を出て行った。
「…… なぁなぁ、圭吾ぉ。結局何にムカついてたんだろうな?充は」
椅子に座り、長い脚をぶらぶらとさせながら琉成が訊いた。
「さぁ?知らねぇ。俺達も帰るか」
「そうだな!——あ、俺んち来いよ、今日は親遅いんだよね」
「…… お前しつこいから、ヤダ」
そんな二人のやり取りが、風に乗って微かに聞こえた。