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kaede🍁
3,230
放課後の教室は、ほとんど誰もいなかった。
カーテンが揺れて、窓際の光が机の上に流れている。
「相談室」と呼ばれている一角に、今日もひとり、訪問者が来ていた。
女子生徒だった。
肩までの髪を、緊張したように指先でいじりながら、
小さな声で言った。
「……人を信じるのが、もう怖い」
遥は、相手の言葉を急かさずに待った。
女子は続ける。
「信じたら、裏切られる気がする。
でも、誰も信じられないまま生きるのも、
すごくしんどいんだ。
もう、どうすればいいのかわかんない」
遥は少し目を伏せた。
机の上で、ペンの先が小さく光る。
「……裏切られたこと、あるの?」
女子は、かすかに頷いた。
「うん。何回か。
でも、いちばんつらかったのは、
“信じていいよ”って言われた人に、
ちゃんと信じられなかった自分」
その言葉には、疲れよりも、
自分への失望が滲んでいた。
遥は息をゆっくり吐いた。
「……信じるってさ、“相手を疑わないこと”じゃないと思う」
女子が顔を上げた。
「信じるって、“裏切られてもいい”って思えることなんじゃないかな。
“この人になら、傷つけられてもいい”って思える瞬間が、
本当の信頼なのかもしれない」
「……そんなの、怖いよ」
「うん。怖いよ」
遥は少し笑った。
「だからみんな、怖いまま誰かを信じようとして、
失敗して、また傷つく。
それでも、もう一度“信じてみよう”って思えるかどうか、
それがたぶん、人と生きるってことなんだと思う」
女子は視線を落としたまま、机の端を見つめていた。
窓から入る風が、彼女の髪を少しだけ揺らす。
「……ねえ、遥くんはさ。
誰かを信じるの、怖くないの?」
少し間があって、遥は静かに答えた。
「怖いよ。今も。
でも、怖いままでいいと思ってる。
信じるって、きっと“怖さごと相手に渡す”ことだから」
女子の目が、少しだけ潤んだ。
「……強いね、遥くん」
「強くないよ。
“信じたい”って思う自分を、
まだ諦めきれないだけ」
教室の時計が、静かに時を刻む。
誰もいない放課後の音が、
二人の間をゆっくりと流れていった。
女子は席を立ちかけて、
ふと、言葉を置いた。
「……ありがとう。
少しだけ、また誰かに話してみようかなって思えた」
遥は軽く笑って、
窓の外を指差した。
「じゃあ、次は“信じてみてもいいかも”って人を、
ひとりだけ探してみよう。
無理しなくていい。
信じるのは、走るよりずっと疲れるから」
女子は小さく頷き、
光の中へと歩き出した。
遥はその背中を見送ったあと、
ぽつりと呟いた。
「……信じるの、ほんと難しいな」
その声は、風に混じって、誰にも届かないまま消えていった。