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#ヒューマンドラマ
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#大衆食堂
櫻子は、ハリソンの態度に違和感を抱いた。
小春という芸者を探しているはずなのに、どうして、はぐらかすような事を言うのか。
小春、勝代、ハリソ──。その名前が、櫻子の頭の中で、ぐるぐる巡る。
過去に何かがあったのだろう。が、それ以上が、わからない。小春とは何者か、いや、そもそも、ハリソンこそ……。
あの時、勝代が、ハリソンの名前を口走った。金原は、勝代のことを、小春と呼んだ。
思えば、ただ、それだけのこと。言葉のあやと言ってしまえば、それまでのこと。
なのだろうか?
櫻子は、混乱しきった。
「櫻子ちゃん!必要なもの持って来るからな!それまで、八代の兄貴と、待っててくれ!」
龍が叫びながら、待たせていた人力車に乗り込んでいた。ハリソンが、何食わぬ顔で続いている。
「櫻子さんも、帰られた方がよろしいではないですか?」
いつの間にか八代が現れ、櫻子に顔色が悪い、疲れているのではと、労りの言葉をかける。
「だ、大丈夫です……」
先程の勢いは、櫻子から消えていた。自分の手にはおえない何かがあり、そこへ、櫻子が立ち入って良いのか、分からなくなっていた。
「龍が戻ってくるまで、社長のこと頼みましたよ」
八代もまた、何か言い含めるかのような雰囲気で、櫻子へ金原の事を委ねる。
「……八代さん、出かけられるのですか?」
「ええ、諸々の根回しに。まず、高井子爵を押さえないと。後は、皆、厄介事には巻き込まれたくないですからね、すんなり事は運ぶはずです。穏便に、と。社長の希望で……」
「八代さん!旦那様は!」
出血が酷いと、金浜の容態をハリソンに聞かされていた事を思いだし、櫻子は、八代に詰め寄った。
「だから、落ち着いて。櫻子さん。大丈夫ですよ。派手に出血しただけですから」
派手に、とは──。
櫻子も、しっかり見ている。勝代に刺された胸が、血に染まって行く様を。八代は、あっさり言ってくれるが、笑い話ですむとは思えない状態だった。
八代は、虎に一言二言声をかけ、そのまま往来へ向かって行った。
残された櫻子は、立ちすくんでいたが、医院の開け放たれたドアから見える廊下に、はっとする。
色々と、混乱している。だが、何に、惑っているのか、もう、櫻子自身分からなくなってもいた。
同時に、真っ赤に染まった金原の胸元、そして、櫻子の腕の中で気を失った金原の姿が、脳裏にありありと思い起こされ、金原の側へ行かねばと気が急いた。
ハリソンの態度は、しごくひっかかる。しかし、今は、金原の元へ行くべきだ。いや、ぜひに、行きたいのだと櫻子の体は動いていた。
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