翌日、美宇はいつもより一時間早く工房へ向かった。
朔也が二階から降りてくる前に朝の準備を済ませ、残った時間で作品を作り始めた。
今回は電動ろくろを使わず、手回しろくろに粘土を置いて人形を成形する。
昨日、買い物から戻った美宇はすぐに人形のデザインを考え、今はその試作品に取りかかっていた。
人形作りに集中していると、朔也が二階から降りてきた。
美宇がすでに作業を始めていたことに、朔也は驚いている様子だった。
「おはよう、今日はずいぶん早いね」
「おはようございます。すみません、ちょっと作ってみたいものがあったので」
「へぇ……手びねりで人形……かな?」
「はい。ちょっとひらめいたんです」
美宇はそこで作業を中断し、流しで手を洗い始めた。
「コーヒー淹れますね」
朝はコーヒーを飲みながら打ち合わせをするのが日課だった。
美宇がコーヒーを淹れている間、朔也は作りかけの人形を眺め、隣に置かれたラフスケッチを手に取った。
それをしばらく見つめたあと、美宇に声をかけた。
「これは……天使かな?」
「はい。陶器で人形を作ったらどうなるかなーと思って」
「へえ、いいアイデアだね。人形を作るなんて、ちょっと意外だったな……」
「実は、使いたい色の釉薬があるんですが、器にするとどうもしっくりこなくて……」
「ああ、あの薄い青とピンクの?」
「はい。それで、どうしようかと悩んでいたら、昨日、瀬川さんにお会いしてヒントをもらったんです」
「瀬川さんに?」
「はい。瀬川さんはお人形作りが趣味で、昨日見せてもらったんです。それでピンときて、陶器の人形を作ってみようかなって……」
「なるほど……そういうことか。いいと思うよ、新しいことにチャレンジするのは」
「はい。今回は、なんていうかその……素直に作ってみたい……そう思えたんです」
「いいんじゃない? 自分が作りたいものを作るのが一番だからね。応援するよ」
「ありがとうございます。じゃあ、今日の作業に取りかかりますね」
「うん、よろしくお願いします」
美宇はコーヒーを飲み干すと、作りかけの作品を濡れタオルで包み、棚に片付ける。
そして、さっそく注文品を作り始めた。
午後、陶芸教室の生徒たちが帰った後、美宇は片付けをしながら朔也に尋ねた。
「少し残って作業してもいいですか?」
「もちろん。勤務時間以外は、自由に工房を使っていいって約束だからね」
「ありがとうございます」
美宇は、朝しまっておいた作品を棚から取り出し、再び制作に没頭した。
一方、朔也は自分専用の電動ろくろで、個展に向けた作品を作り始めた。
規則的なろくろの振動音を聞きながら、美宇はふと昨日のことを思い出す。
(そういえば、昨日の亜子さんとの観光、どうだったんだろう?)
急に気になり始めた美宇は、少しそわそわしながら朔也に尋ねた。
「そういえば、昨日、高梨さんをどちらにご案内したんですか?」
視線を逸らしたまま、表情を変えずに尋ねた美宇の顔を、朔也が可笑しそうに見つめていた。
「うん、実は彼女、急に呼び出されて、一昨日の夜札幌に戻ったんだ」
「え?」
「親族に不幸があったらしくてね」
その答えに、美宇は拍子抜けした。
(なんだ……心配して損しちゃった)
ホッとした気持ちを悟られないよう、美宇は平静を装いこう返した。
「それは残念でしたね」
「うん、でも、おかげで作品作りに集中できたよ」
朔也はそう言って、にっこり笑った。
「それはよかったです。個展も近づいてますし、そろそろ本腰を入れないとですから……」
「お? 厳しいスタッフが、ついに発破をかけてきたか」
「いえ、そんなつもりじゃ……」
「いや、僕にはそう聞こえたけどなあ」
「すみません、今後は気をつけます」
「あはは、冗談だよ」
二人はそこで声を上げて笑った。
「コーヒーでも淹れてきましょうか?」
「グッドタイミング! ちょうど飲みたいと思ってたんだ」
「じゃあ、少しお待ちください」
美宇は手を洗い、奥のミニキッチンコーナーへ向かった。
朔也は嬉しそうに微笑み、彼女の後ろ姿を見つめている。
キッチンへ入った美宇は、火照った頬を両手でそっと押さえた。
(高梨さんと出かけなかったってわかっただけで、こんなに嬉しいなんて……)
そう思いながら、美宇は少し落ち着こうと「ふうっ」と息を吐いた。
そして、工房で朔也と交わす何気ない会話に、小さな幸せを感じている自分に気づいた。
そのとき、絵美の言葉がふと頭に浮かんだ。
『そうそう。一緒にいられるだけで幸せなんだよ。私なんて、遠く離れた誰かさんを想って、ずっとうじうじしてるんだもん。それに比べたら、美宇ちゃんのほうがずっと幸せなんだから』
(一緒にいるだけで……同じ空間にいられるだけで、こんなに幸せだなんて……)
美宇は、その幸せを今、心から実感していた。
コメント
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同じ土で朔也様が作品を作る傍らで美宇ちゃんも作りたい作品を作れる🩷その人形が天使なのも良いよね (*´꒳`*) 少し嫉妬している美宇ちゃんを微笑ましく感じている朔也様 きっと二人の気持ちと一緒で優しく穏やかな作品が出来そう🩷
しみじみと幸せに浸る美宇ちゃん🥰💓 そして幸せに浸る美宇ちゃんを見て朔也さんもきっと心があったまってると思う🥰💓 2人の空気感に和む〜💗
作りたい物を作れる環境は素敵な事だと思います。 普通はなかなかできないよね やっぱりここに来てよかった🤗 さてさて、朔也さんとはどう発展していくんでしょう⁉️ 少しずつ近づいていますよね〜