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ダークブラウンを基調とした、木目調の内装が癒しを与えてくれる和風創作料理のレストランに来店したのは、昨年の十月。
瑠衣がまだ娼婦だった頃に侑の同伴で、ハヤマ ミュージカルインストゥルメンツの創業五十周年記念パーティに出席した後、食事をして以来だ。
二人は店内一番奥の夜景が望める席で食事を楽しんでいる。
煌びやかな都会の夜景を堪能しつつ、瑠衣は注文したマグロの頰肉のステーキを少しずつ口に運び、ゆっくりと咀嚼しながら味わっている。
「ここのレストランは美味しいから、すごく嬉しい。先生、ありがとう……」
瑠衣はぎこちない笑みを覗かせながら、ナイフとフォークを動かしている。
「…………お前が喜んでくれて、俺も嬉しい」
侑が、フッと薄く笑いながら、マグロとアボカドのカルパッチョを口にしていると、店員がテーブルに来て彼の前に生ビールをコトリと置いた。
ジョッキの持ち手を掴んでグビっと飲む侑の姿に、瑠衣は訝しげな表情を浮かべてジロリと睨む。
「先生、ビール注文したの? 今日は車なのに、お酒飲んじゃダメでしょ?」
侑は水菜とパクチーのサラダを食しながら生ビールで流し込むと、テーブルに肘を突き、手を組んで瑠衣に眼差しを向けた。
「今日は帰らない。レストランを予約した後、このホテルのダブルルームも予約した」
予想もしなかった侑のサプライズに、瑠衣はゆっくりと目を見開く。
(あの時と同じ……?)
同伴した日の夜、侑がダブルルームの部屋を予約してくれて、特別で濃厚な二人だけの時間を過ごした。
瑠衣にとって、ここは『娼婦の愛音』ではなく、『九條瑠衣』として侑と過ごした、ある意味『始まりの場所』でもある。
思い返せばあの夜から、二人の想いが徐々に深まっていったと言っても過言ではない。
「…………今日一日、お前の表情を見ていて、ずっと沈んだままだったのが気掛かりだった。それに、瑠衣はこれから病魔に立ち向かう。俺にとってこのホテルは……瑠衣への想いに気付いた思い出の場所だ。だから俺はお前との時間を…………ここでゆっくり過ごしたいって思ったんだ」
侑がそこまで考えてくれていた事に、瑠衣の瞳がジワジワと熱を纏っていく。
彼の言葉に、彼女はあまりの嬉しさにふわりと胸の奥が温かくなり、思わず両手で顔を覆った。