「よし、では、姫君の入内祝いに参ろうぞ!」
酒の力なのか、守孝《もりたか》の元々の性格なのか、とてつもないことを、中将様は、のたまわった。
「ちょ、ちょっと、守孝様!何を言ってるんですかっ!もう、夜も更けているのに、そ、それに、女人、しかも、姫君を訪ねるなんて!!!」
正気の沙汰じゃないと、紗奈《さな》は、焦った。
「なあーに、中将守孝の北の方の、挨拶ならば、何もおかしな事ではなかろう?」
ニヤリと、笑う守孝に、正平《まさひら》も、なるほど、と頷いている。
「お方様、聞けば、どうも、ここの姫様に、すべての原因が有るように思われるのです」
「正平様、それは、どうゆうことでしょうか?妹は、まだ、未婚、北の方などと、何故呼ばれるのか?」
えーー、兄様、そこ?!
紗奈は、兄、常春《つねはる》の言葉にひっくり返りそうになる。ここは、呼ばれ方よりも、例の姫君へ会いに行こうとしている守孝と、興味本位で姫の事を持ち出す、正平が問題だろうに。
「紗奈や、これは、ちゃんと正しておかねばならぬこと、まあー、いいか、で、なあなあで、動くと、お前は、守孝様の北の方になってしまうんだぞ?それも、内々ではなく、内大臣家の裏方にも、知れてしまうのだ」
「あっ、それ、困りますというか、また、厄介なことになりますよねー」
「だろ?忘れてはいけない、ここは、内大臣家、なのだ。滅多なことは、できないのだよ」
「ちょっと、まってください!!」
正平が、声を上げた。
「と、いうことはですよ!え?!紗奈様は、中将様のお方様ではないと?!え??では、なぜに、北の方などと、呼ばれているのですか?!中将様っ!!!」
んーー?と、守孝は、首をかしげている。
自分が言い出したのだろうがと、紗奈は、噛みつきたかったが、何分、正平の前、しおらしく、しておかねば。
「うーん、やはり、昵懇《じっこん》というか、あーー、そうか、私は、紗奈に惚れているのか。今日で、一夜過ごすから、うん、紗奈や、あとは、二晩、付き合いなさい。さすれば、めでたく、お前は、北の方だ!」
確かに、公達が妻を娶る場合、妻となる女の元へ、三晩通うのが、習わしではあるが、通う、と、付き合う、のは、そもそも異なる。そして、恋の歌の一首でも、交わしていれば、まだしも、というより、その様なもの、欲しくもないわと、紗奈は、顔をしかめきった。
物言わぬ妹を見て、これは、ご立腹だと読み取った、常春にとっても、聞き捨てならない、発言だった。
いくら、身分が、あるとはいえ、そのようなこと、まして、正平という、赤の他人の前で、喋る事ではなかろう。
「守孝様、かなり、お酒が進んでいるようで、冗談も、ほどほどに」
「あーーー!ご冗談でしたか!!よかったーーー!」
と、今度は、正平が、訳のわからない事を言い出した。
「なんですか!我が妹を、酒飲みつまみにして!いくら、ご身分が、あるとはいえ、否、だからこそ、そのような、軽い扱いは、お二人とも、お控えください!!」
怒る常春に、正平は、何故か、詰めよって来た。
「私は、本気です!この房《へや》へ、参られた、紗奈さまのお姿を見た瞬間、背筋に、びりびりと、何やら、走ったのです!!」
「ちょっと待て!正平よ!!」
その話を、詳しく聞かせろ、と、守孝は、何故か、喜んでいる。
「はい、何度でも、言いましょう!私は、紗奈様のお姿に見惚れ、そう、一目で、恋に落ちたのです!!!」
ぶっ、と、常春が、吹き出した。
紗奈も、あんぐりと、口を開けたままでいる。
守孝は、
「なあーんだ、あやかし、背中びりびりかと、思ったのにいー」
と、拗ねながら、グビリと、杯を開けた。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!