「どんな理由だったのですか?」
「理由はね…社長の奥様に睨まれたからなの。私が営業部にいた頃社長はまだ専務だったんだけれど、
営業部へしょっちゅう顔を出していたのよ。で、当時彼の秘書をしていたのが今の奥様。二人は当時婚約間近だったらしいわ。
私はその時営業部で唯一の女だったから専務には何かと目をかけてもらっていたんだけれど、それが彼女の嫉妬を煽ってしまったみたい…」
「えっ? そんなくだらない理由で?」
『くだらない』というストレートな物言いをした花純は、ハッとして
思わず口に手をやった。
しかし正直な反応を見せた花純を見て、優香はクスッと笑った。
「そう、そのくだらない理由で、私のキャリアは閉ざされてしまったのよ。社長の奥様は取引先大手のご令嬢だったから、きっとそちらからの圧もあったんでしょうね…」
優香はうんざりした顔で言った。
花純は驚きを隠せなかった。
まさかそんなドラマのような事態が、自分の会社で起きていたとは…
「失礼ですが、その時優香さんと社長は交際されていたのですか?」
「ううん…付き合ってはいなかったわ。ただ彼から好意のようなものは感じていたわ。
もしあのまま私が本社にいたら、今頃社長夫人だったかも? なーんて思っちゃったりしてね…」
優香はそう言ってウインクをした。
その時花純は、さりげなく優香の左手に目をやる。
薬指に結婚指輪はなかった。
という事は、優香はまだ独身なのだろうか?
こんなに綺麗な人だ。
若い頃はもっとモデルのように美しかったに違いない。
そんな美人で華やかな優香なら、
当時専務だった社長に見初められても不思議はない。
花純は真剣にそう思う。
「あとね、今日12時から出勤してくる寺田洋子さんっていうパートさんがいるんだけれどね。
彼女も元社員で本社勤務だったのよ」
「えっ? もしかしてその方も?」
「そうよ。彼女がここへ異動させられた理由はね、いじめられている女子社員を助けたからなの」
「えっ? 助けてあげたのなら逆に褒められるべきでは?」
「ううん、違うのよ。いじめの張本人が社長夫人の姪だったのよ。つまりコネ入社の女子社員ね」
それを聞いて花純は愕然とする。
自分が働いていた会社が公私混同の酷い会社だった事を知り、ショックを隠し切れない。
お客様に喜びと癒しを提供するはずの会社が、こんな事でいいのだろうか?
新卒で今の会社を見つけた時、花純は運命のようなものを感じた。
植物が好きな自分にはぴったりの会社。
そこへ入り、植物を通して人々に幸せを与えられたら…そう思いこの会社を選んだのに、
今、その理想がガラガラと音を立てて崩れていくのを感じた。
それと同時に、なぜ今回自分が左遷されたのか?
その理由が気になる。
「ちなみに洋子さんは、ご主人の親御さんの介護の関係で数年前に一度退職してパートに変わったの。
洋子さんのシフトは12時から20時の遅番固定です。で、他にアルバイトが2名います。
1人は黒崎彩ちゃんという花純ちゃんよりも少し上のお姉さんで、もう一人は杉下君っていうフリーターの男の子ね。
今はその5人で店を回しています」
花純は慌ててバックから手帳を取り出すと、頷きながらメモを取った。
同僚が4名なら、名前はすぐ覚えられそうだ。
「ここはオフィス街だから日曜日は完全閉店です。花屋にしては珍しいでしょう?
だからスタッフ全員日曜は休みになります。その他に私と花純ちゃんとフルタイムパートの洋子さんは、
平日に一日ずつ交代で休みを取る感じです」
花純は必死にメモを取る。
「で、入社時の研修でもう知っていると思うけれど、仕入れに関しては会社がまとめてやってくれるので
何もしなくてOKです。朝9時頃に山本さんっていうおじさんがトラックで運んでくれるから名前を覚えておいてね。
で、私達社員は早番固定勤務になっています。時間は、8時半から5時半まで。開店作業は私と花純ちゃんの仕事だけど、閉店作業はパートさんとアルバイトさんに任せる感じです。あとは何か質問があれば聞くけど?」
「あ、はい。服装はジーンズで大丈夫ですか?」
「大丈夫よ。みんなほとんどジーンズだし。彩ちゃんはデートの日はたまにスカートで来るけれどね」
「わかりました」
「あとはー…そうだ、お昼休みは1時間で、客の流れを見て交代で取る感じです。
それプラス午後に15分のミニ休憩もあります。お昼はお弁当を持って来てもいいし、エプロンを外せば外で食べてもOKです。
若い子達は外に食べに行く事が多いみたいね。私と洋子さんは次郎ちゃんのカフェへ行ったり向かいのお店でパンを買って事務所で食べたりが多いかな?
近くにいくつか公園もあるし、このビルにも空中庭園があるからそこで食べてもOKよ」
「空中庭園は何階にあるのですか?」
「10階よ。そこのエレベーターで上がればすぐだわ」
「わかりました」
空中庭園は誰でも利用出来る事を知り嬉しかった。
花純は自然を感じながら食事をするのが好きだったからだ。
レストランへ行った際に、テラス席のある店だったら必ずと言っていいほどテラス席へ座る。
それに、本社でやっていた仕事はガーデンデザインの仕事だ。
その仕事は主に、オフィスビルや商業施設の一部に樹木や花々を植え癒しと憩いの場を提供するものだ。
だから、空中庭園等にも凄く興味がある。
しかしその時花純はハッとする。
(もしかしたら、私はもう前の仕事には戻れないのかもしれない…)
そう思うと悲しい気持ちが押し寄せる。
コメント
3件
場所の雰囲気も皆さんも良い感じなのに、親族間の妬みとかで出向とか理不尽🥲 花純ちゃんは何で出向?
お店の雰囲気も、スタッフさんも良い感じなのにね.... 皆 不当な理由で 左遷されて 此処にきたという事実を聞かされたらショックだよね😢 花純ちゃん、元気を出して....🍀
優香さんも意図せずに昔専務秘書をしてた社長の奥さんから妬まれて出向になったって事⁉️洋子さんも同様で…もしかして花純ンも??なんてワンマンな酷い会社💢