ロープウェイが頂上に着くと乗客達は一斉に展望台へ向かう。
大輔と瑠璃子もそれに続く。
展望台に行くと人で溢れていた。その隙間を見つけて大輔は瑠璃子を誘導する。
目の前に広がる夜景を見て瑠璃子は言葉を失った。今まで見た事のないほど見事な夜景だ。
キラキラと輝く札幌の町はまさに宝石だ。夜の闇に浮かび上がる宝石箱に感動して瑠璃子は思わずため息をもらす。
眼下には札幌のテレビ塔や北海道大学、そして市街地の向こうには暗闇にうっすらと浮かび上がる石狩湾が見えた。
海まで見えるので瑠璃子は驚く。
「すごい……先生、あれって海ですよね?」
「うん、石狩湾だよ」
「そこまで見渡せるなんて……」
瑠璃子は興奮気味だ。
賑やかに彩られる街明かりと暗闇の中に見える海はまさに『静』と『動』だ。二つは相反する。
二つの景色が一度に見られるのが北海道なのだなと瑠璃子は改めて思った。
10分ほど景色を堪能していると突然冷たい風が吹いた。瑠璃子は思わずぶるっと震える。
「寒いからそろそろ行こうか?」
「はい」
瑠璃子は頷くと大輔の後について行った。
大輔はそのまま頂上にあるフレンチレストランの入口へ向かう。
(頂上にレストランがあるの?)
瑠璃子はびっくりしてレストランの看板を見る。
しかし大輔がドアを開けて中へ入って行ったので慌ててそれに続いた。
二人が店に入るとスタッフが笑顔で出迎える。
「いらっしゃいませ」
「予約をしていた岸本です」
「お待ちしておりました。どうぞこちらへ」
スタッフは笑顔を浮かべながら二人を窓際の席に案内した。
(わざわざ予約してくれてたのね……)
瑠璃子が感動しながらコートを脱いで席に着く。すると窓から先ほど見たのと同じ景色が一望出来た。
「うわぁ綺麗ですねー! お食事をしながらこんな夜景が見られるなんて最高」
喜んでいる瑠璃子に大輔は満足そうだ。
レストラン内ではちょうどピアノとチェロとバイオリンによる生演奏が始まった。しっとりとしたクリスマスソングが流れとてもロマンティックだ。
飲み物は大輔がノンアルコールのスパークリングワインにしたので瑠璃子も同じものにする。
飲み物が来ると二人は乾杯した。
そしてフレンチのコース料理をゆっくりと堪能する。
美しい夜景を眺めながらの食事は最高だった。瑠璃子はリラックスして大輔との会話を楽しみながら食事を堪能した。
思えば二人はいつも病院でこうして食事をしながら会話をしていた。今日はたまたま素敵なレストランへ場所を変えただけなのだ。だから場所が違っても二人の会話は変わらない。
美味しいフレンチを食べ終えると最後にデザートが運ばれてきた。瑠璃子はケーキを食べながら大輔に言った。
「そう言えば先生、最近はだいぶ『文章』で会話出来るようになりましたね」
「ハハハ、参ったな」
大輔はいつものように笑う。
「最近看護師達の間では先生の評判はかなりいいですよ。デスラーは穏やかになったから接しやすいって」
「そうなんだ。でもなんだかそれだと前はひどかったみたいな言い方だなぁ」
「はい、前は相当ひどかったです」
瑠璃子が間髪入れずに言い返すと大輔は更に笑った。そしてこう言った。
「君が僕を変えてくれたんだよ」
大輔は真剣な眼差しで瑠璃子を見つめた。今までそんな風に見つめられた事がなかったので瑠璃子は顔を赤らめる。
瑠璃子は恥ずかしさを隠す為に急にバッグを探り始める。そして大輔へのプレゼントを取り出した。
「先生、はいコレ。いつもお世話になっているのでほんの気持ちです」
瑠璃子はリボンがついた包みを大輔の前に置いた。
すると大輔は驚いている。
「ありがとう。なんだろう……開けてもいい?」
「もちろんです」
大輔はリボンを解いて包みを開ける。すると中からネーム入りのブックカバーが出て来たので嬉しそうに微笑んだ。
「ちょうど使っていたブックカバーがくたびれていたから嬉しいよ。ん? 名前も入っているんだね、ありがとう」
大輔は微笑んで名前の部分を指でなぞる。喜んでもらえたので瑠璃子はホッとしていた。
すると今度は大輔がジャケットの右ポケットに手を入れて何かを取り出した。
「これは僕から。いつも美味しいお弁当をありがとう」
大輔は白いリボンがかけられたブルーの小箱を瑠璃子の前に置く。
それを見て瑠璃子は驚いていた。
「え? だって先生…プレゼントはさっきクリスマスマーケットで買ってもらったのに……?」
瑠璃子が困惑して聞く。
「こっちが本当のクリスマスプレゼントだよ」
「え、でも……いいんですか?」
「もちろん。開けてごらん」
瑠璃子は頷くと白いリボンを解いてブルーの小箱を開けてみる。箱の中にはジュエリーボックスが入っていたので瑠璃子はその蓋も開けてみた。
すると中には薄紫色の宝石がついた素敵なネックレスが入っていた。
「うわぁ素敵! この薄紫色の宝石ってもしかしてアメシストかしら?」
「そうだよ」
「先生凄いですっ! 偶然ですがアメシストは私の誕生石なんです!!!」
瑠璃子驚きつつも嬉しそうに指でアメシストを撫でた。
「誕生日は2月の何日?」
「14日です。バレンタインが誕生日なの。覚えやすいでしょう?」
そこで今度は瑠璃子が聞く。
「先生のお誕生日はいつですか」
「僕は7月5日だよ。ちょうどラベンダーが咲く頃かな?」
「へぇー、初夏のいい季節ですねぇー」
そこで大輔が着けてごらんと言った。
瑠璃子がネックレスを着けてみると華奢な瑠璃子の首にとてもよく似合っていた。
Vネックの襟元にしっくりと収まった薄紫色のアメシストは瑠璃子の白い肌によく映える。
「どうですか?」
「うん、よく似合ってるよ」
大輔が微笑んだので瑠璃子もニッコリと微笑む。
誕生石のネックレスが嬉しくて、瑠璃子は指で何度もネックレスに触れていた。
レストランを出た二人はロープウェイで下まで降りると駐車場まで市電に乗って行く事にする。
瑠璃子がどうしても市電に乗りたいと言ったからだ。
札幌を走る市電から見える景色はどこかレトロで懐かしい。瑠璃子はその癒される景色を嬉しそうに眺めていた。
駐車場へ戻るとすぐに大輔がエンジンをかけた。そして車が温まるまでしばらくそこにいる。
瑠璃子は大輔から借りた手袋を返しながら言った。
「先生、今夜はとっても楽しかったです。実は私、男性とクリスマスイルミネーションを見に行ったのは今日が初めてなんです。だから一生の思い出になりました」
「えっ? 今日が初めて?」
大輔は驚いている。
「はい。今までこういうのって縁がなくて」
瑠璃子はそう言って淋しそうに笑った。
「そうか。まあ楽しんでもらえたのなら良かったよ。また来年も一緒に来よう」
(えっ?)
今度は瑠璃子が驚く。『来年も一緒に来よう』と今確かに大輔は言った。
瑠璃子がチラリと運転席を見ると、大輔は何事もなかったように車をスタートさせた。
その時瑠璃子は心の中が何か温かいもので満たされるような気がしていた。
帰り道、窓の外には大粒の雪が降り始めていた。車のフロントガラスには激しく雪がぶつかってくる。
車内には切ないピアノジャズが流れていた。クリスマスイブにはぴったりの雰囲気だ。
帰りの車内でも二人の会話は弾んでいた。今日一日で二人の距離はぐんと縮まったように感じられた。
やがて車は瑠璃子のマンションへ到着した。
瑠璃子は車を降りると言った。
「先生、今日はとても楽しかったです。ありがとうございました」
「うん、じゃあまた明日」
大輔は軽く手を挙げるとその場から走り去って行った。
瑠璃子は車が見えなくなるまで手を振って見送る。
微笑んで手を振る瑠璃子の胸元には、ラベンダーの花のようなネックレスが凛として輝いていた。
コメント
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大輔さんのデートプランは一生の思い出になりましたね。瑠璃子さんの純粋さに大輔さんは驚きの連続。ガツガツしてない2人のやりとりが好きです。
大人のしっとりしたデートですかね💕いつ告白!楽しみ
こぉいのぉ~、よかぁんが~(安全地帯『恋の予感』より)、もうとっくに駆け抜けとった。 「北海道大学」で思い出した。 大阪府某市出身の同級生の弟は、北大に進学した。 そこで、同級生相手にボケたら、 「関西人は嘘つきや。」 と言われたらしい。 ちゃうんです。関西人はみんながみんな嘘つきとちゃうんです。 ただ、隙があったらボケたがるんです。 えっ、わたしですか。わたしは例外です。冗談のひとつも言えない、つまらない奴です。