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ひとり残された凛は、そのまま家に帰る気にもなれず、新宿二丁目のバー『紅子デラックス』へ寄っていくことにした。
このままもやもやした気持ちを抱えていたら、おかしくなりそうだった。
店に入ると、紅子が驚いた顔で迎えた。
「あら、凛ちゃん、いらっしゃい」
「紅子さん、こんにちは」
「こんなに早くどうしたの? それに、ひとりでなんて珍しいじゃない」
すると、隣にいたオネエスタッフが笑いながら言った。
「やーだ、ママ。今日は土曜日だから、凛ちゃん会社休みよ~」
「あら、そうだったわね。ふふっ、私ったら相変わらず曜日感覚がおかしいみたい。さ、どうぞ、座って」
凛はカウンターの隅に腰を下ろした。
「とりあえずビールでいいかしら?」
「はい。あと、軽くおつまみも」
「了解」
紅子はつまみの準備をスタッフに頼むと、グラスにビールを注いだ。
「はい、どーぞ」
「ありがとう」
凛は、もやもやした思いを振り払うように、一気にビールを飲み干した。
それを見た紅子が、心配そうに声をかける。
「凛ちゃん、何か嫌なことでもあった?」
さすが紅子は、客の表情を決して見逃さない。
「実は……」
凛は、さきほどの出来事をすべて紅子に話した。
五分後、話を聞き終えた紅子は、呆れたように言った。
「その子、仮病ね」
その言葉に、凛は「やっぱり」という顔をした。
「そう思います?」
「当たり前じゃない! 安っぽい手を使うわね~。男を部屋に連れ込むための罠よ、罠!」
「じゃあ、彼は今頃、彼女の部屋に?」
「かもしれないわ」
その言葉に、凛はショックを受けた。
「凛ちゃんったら、ダメよ! そんな女を大事な人に近づけちゃ」
「近づけたりなんかしてません。偶然会ったんです」
「それって、本当に偶然なの?」
「どういう意味ですか?」
「あなたたちが会う約束をしていたとき、そばで聞いていたとか?」
凛は、颯介と電話したときの状況を思い返した。
そのとき凛は自分の席で電話に出ていて、奈美は離れた席にいた。だから、電話の内容は聞いていない。
「それはないです。彼女は離れたところにいましたから」
「じゃあ、本当に偶然だったのかしら?」
「だと思いますけど」
「まあ、いずれにせよ、このまま黙って好き放題やらせたら、あっという間にその女にかっさらわれちゃうわね。それだけは阻止しないと!」
「どうやって阻止するんですか?」
「二人を会わせないようにするのよ。まあ、でも、今後彼女が彼と関わる機会はないんでしょう? だったら、それほど心配はいらないかもしれないけど……」
「けど?」
「問題は今日よ。もし二人が深い関係にでもなってたら、手遅れかもしれないわ……」
「………」
凛はショックを受けていた。
一目惚れをした相手と、まだ仕事でも私生活でもほとんど関わっていないのに、いつの間にか横入りしてきた奈美に奪われてしまうかもしれない。こんな衝撃はない。
凛はショックのあまり、肩を落としてつぶやいた。
「やっぱり、私には縁のない人だったんでしょうか?」
「やだ、凛ちゃん、まだ諦めないで! あなたは美人で有能で性格もいいのよ。そんな女を男が放っておくと思う?」
「でも、彼女も美人だし、色気では完全に負けてますから」
「そんなに気落ちしないの! 元気出しなさい! それに、二人が今日どうこうなる確率なんて、ゼロに近いんだから」
その言葉に少し希望を見いだした凛は、前のめりになって尋ねた。
「そうなんですか?」
「そうよ。だって相手は超イケメンの大金持ちでしょ? すべてを持った大人の男が、そんなポッと出のつまんない女にひっかかると思う?」
「言われてみれば確かに」
「不動産王と呼ばれる人なら、恋人候補なんてどこぞの令嬢や絶世の美女たちから引く手あまたよ。だから、そんな普通の女に引っかかるわけないじゃない。まあでも、女癖が悪い男だったら、出された餌は食べちゃうこともあるかもしれないけど……」
「えーっ、あるんですか? だったら今頃……」
そのとき、カウンターの上に置いていた凛の携帯が鳴った。
画面には、颯介の名前が表示されている。
「えっ、嘘っ!」
「誰から?」
「不動産王!」
「まあっ! 凛ちゃん、早く出なさいっ!」
「はっ、はい」
凛は慌てて電話に出た。
すると、さきほどと変わらない颯介の落ち着いた声が耳に響いた。
「今どこ?」
「新宿です」
「買い物?」
「あ、いえ。飲んでます」
「一人?」
「はい」
「なんて店?」
その問いには答えず、凛は奈美のことを先に聞いた。
「彼女、大丈夫でしたか?」
「うん。さっき家まで送り届けたよ。体調も大丈夫そうだ」
「よかった……」
「それで、どこの店で飲んでる?」
「え? なぜそんなこと聞くんですか?」
「いいから。新宿のどの辺り?」
「二丁目です」
「はっ? 二丁目? まさかホストクラブじゃないだろうな」
「違いますよ~バーです」
「オネエ系か……なんて店?」
「『紅子デラックス』です」
「そうか……」
そこで、電話はブツッと切れた。
凛が不思議そうに携帯から耳を離すと、紅子が心配そうに聞いた。
「何だって?」
「居場所を聞かれただけで切れちゃいました」
「あらまあ! 一体なんなのかしら。で、例の女は?」
「家に送り届けて、送り狼にはならなかったようです」
「それはよかったじゃない。やっぱり仮病だったのね」
「たぶん……」
凛はしょんぼりしながら言った。
「あーもう、そんなしょんぼりした顔をしないの! とにかく今日はとことん飲みましょう! 明日も休みなんでしょ?」
「はい……」
そこで紅子は、隣にいた『ナッツ』という愛称のオネエスタッフに声をかけた。
「ちょっとナッツ! なんか歌いなさいよ。とにかくパーッと威勢のいいやつ!」
「了解ママ! じゃあ、私の十八番、ゴールデン・ハーフの『太陽の彼方に』を歌いまーす♡」
ナッツはタンバリンを手に取り、カラオケのそばへ移動した。
店内にはすぐ、ナッツのハスキーボイスが響き渡る。
「のってけのってけのってけサーフィン、なーみになーみになーみに乗れ乗れ♪」
その歌詞を聞き、凛がため息をついた。
(なみ、波、奈美、沢渡奈美……ああーっ、もうーっ!)
凛が髪をクシャクシャとかきむしっている後ろで、ナッツは楽しそうにタンバリンと腰を振りながらノリノリで歌い続けている。
そのとき、突然店のドアが勢いよく開いた。
反射的に凛が入口の方を振り向くと、そこにはなんと颯介が立っていた。
コメント
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ナミに乗っていなくてよかった😌笑 まあ、颯介さんのような方は、奈美の作戦になど、そう簡単に引っかかりませんよね~!! これからの展開が楽しみです✨️
ナッツさんの選曲が素晴らしい🤣🤣🤣 ナ〜ミに乗れ乗れ🤣 でも大丈夫!乗りませんでしたね😆 さあ、ここから凛ちゃんとどんな風に仲良くなっていくのか 楽しみです😍
新キャラ登場⸜(*˙꒳˙*)⸝ ミッツさんの絶妙な選曲に爆笑🤣 紅子ママの言う通り、安っぽい手に乗らなかった颯介さん流石です😎✨ お迎えに来てくれる颯介さんと紅子ママとのご対面あるかなーそちらも楽しみです🤭♡