その時、コーヒースクールの実習が終わり店の奥から生徒達の笑い声が響いてきた。
そして修がカップを手にして俊の所へ歩いて来る。
「ダメッ! 持って行かないでーっ!」
雪子が叫びながらバタバタと修の後を追いかけて来た。
「俊、ほら、これ雪子ちゃんが淹れたコーヒー。プロの舌で厳しく評価してやってくれ!」
「飲まないで飲まないでっ!」
雪子がカップを奪い取ろうとしたので、俊はニヤッと笑い、
「どれどれ…….」
と言って雪子が淹れたコーヒーを一口飲んだ。
そして一瞬びっくりしたような顔をしてから言った。
「美味いっ!」
「ほらーっ、だろう? 雪子ちゃん、バリスタに向いているかもしれないな」
修はそう言って微笑んだ。
「自宅カフェオープンも夢じゃない?」
優子がカウンターの向こうからそう言うと、
「えっ? 自宅カフェをやりたいの?」
俊が驚いて聞くと、
「違いますっ! 夢なだけで本気では思っていませんからっ!」
雪子は真っ赤な顔で必死に言う。
そして、
「私もケーキが食べたいのに飲むコーヒーがありませんっ!」
と拗ねたように言ったので、男性二人は声を出して笑った。
すると横から優子が、
「雪子はこれを飲みなさーい!」
と言って淹れたてのブレンドを雪子へ渡した。
雪子はしぶしぶそれを受け取ると、自分の席へ戻って行った。
そしてスクール仲間と一緒にケーキを食べ始めた。
カウンターの方をじっと見つめていた萌香は、修と優子が厨房へ入ったのを確認すると、
椅子から立ち上がり俊がいるカウンターへ向かって歩き始めた。
俊は雪子が淹れたコーヒーを飲みながら新聞を読んでいた。
萌香は俊の隣へ座ると自分の名刺を俊の脇へ置いた。
「山根萌香と申します。このすぐ近くに住んでいます」
俊は名刺は受け取らずに、
「どうも、一ノ瀬です」
「一ノ瀬さんは、お仕事は何をされているのですか?」
「うーん、飲食関係かな?」
「お店の経営?」
「まあ、いろいろですね…….」
萌香は俊が名刺をくれないので、少し苛立った様子だった。
「一ノ瀬さんのお店、行ってみたいです」
萌香は甘えたような声を出して言う。
「この辺りじゃなくて、都内なんですよ」
「都内のどこですか? 良かったら店の名前を…….」
萌香がそう言った時、修が厨房から出て来た。
俊の横に萌香がいるのを見て修はびっくりしていたが、
「山根さん、ケーキを食べながら最後のおさらいをしますんで、お席の方へどうぞ」
そう言ってやんわりと萌香に席へ戻るよう促した。
萌香は明らかにガッカリした顔をしてから、
「じゃあまた」
と言って渋々自分の席へ戻る。
すると優子が厨房から出て来て言った。
「彼女しぶとそうねー。一ノ瀬さん、気をつけてね。雪子はね、浮気男にはすごく敏感だから!」
俊は少し驚いた表情をしてから優子に聞く。
「それは別れたご主人の影響で?」
「そう。雪子の元旦那はね、雪子もよく知っている同僚と不倫してたの」
「って事は、同じデパート内で?」
「そうよ。それもね、外での不倫ならまだしも…….」
そこまで言いかけてから、優子は急に黙った。
あまりにもペラペラと喋り過ぎたと思ったのだろう。
「そこまで聞いてしまったら気になりますね。教えて下さい、誰にも言いませんから」
「雪子には黙っててくれます? 雪子の元旦那はね、自宅に女を連れ込んでいたのよ。夫婦の寝室によ!」
俊は急に神妙な顔つきをした後こう呟く。
「馬鹿な男だな…….」
「あの頃、雪子のお父様は入院していてね、雪子は一人っ子だったから、数日間実家に泊まって病院と実家を行き来していた
の。でも予定よりも一日早く帰れる事になって、家に帰ってみたら……。あの時はまだ4歳くらいだったのかな? 息子の和真
もいたのよ。和真の目の前で女が自分の寝室から出て来て……思い出すと今でも頭にくるわ!」
優子は怒りを隠しきれないといった様子で言った。
「それは酷いですね……」
「ほんと、趣味の悪いドラマみたいでしょう? それ以来、雪子は少し男性不信気味のところがあるんです。気丈に振る舞って
いるけれど、心はガラス細工のように繊細な子なの。だからその辺をくれぐれもよろしくお願いします」
「教えてもらえて良かったです。大丈夫です。任せて下さい」
俊は穏やかに微笑みながら、優子を安心させるように言った。
コメント
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優子さんから雪子さんを託されましたね、俊さん❗
元夫に傷つけられた過去を持つ雪子さん.... 俊さんなら、きっと彼女を幸せにしてくれるね🍀✨ 俊さんと雪子さんをことを心から応援する 修さんと優子さんの連係が見事❗️ さりげなく 萌香さんが俊さんに近づき過ぎないよう警戒してくれてる....🤭w
優子さんが雪子さんの忘れることのできない辛い思いを俊さんに伝えるのは俊さんを信頼してて、雪子さんの思い出を上書きしてほしい気持ちが見え隠れする。 やっぱり15年前じゃなくて2人が自然に会った今のタイミングがベスト☝️だったね😊🌸