その後、コーヒースクールの授業が終了した。
生徒達は菊田夫妻に挨拶をして外へ出た。
そして主婦二人組の佐藤と塩崎は子供達が帰って来るからと先に帰った。
雪子が外へ出ると俊が近づいて来て言った。
「今日は車だったんですね」
「はい。ここに来る時はいつも車です」
「それにしても驚きました。もしかしたら15年前に雪子さんを紹介されていたかもしれないってさっき優子さんに聞いてびっ
くりでした」
「私も驚きました。でもあの頃はすごく忙しくて、そんな余裕なかったから」
「私も同じです。逆に今だから良かったのかもしれない」
「え?」
雪子が聞き返すと、俊は「いや別に」と言って笑った。
「今日、この後予定は?」
「特には。家に帰ってのんびりしようかなと」
「だったら海でも散歩しませんか?」
「えっ? 海ですか?」
「はい。あ、お腹は空いた?」
「いえ、今ケーキを食べちゃったから」
「ですよね。私も遅めのモーニングをいただいちゃったからなぁ。あ、もし良かったら何かテイクアウトして海で軽くっていう
うのはどうですか?」
その提案に雪子の瞳が輝く。
海でランチなんてまるでピクニックみたいだ。
ピクニックなんて、和真が小さい頃に行ったきりだった。
「いいですね。あ、そういえば私テイクアウトの気になるお店があるんです。この近くに出来たおむすび屋さんなんですが、い
つか行ってみたいって思っていて」
「いいですねぇ、そこにしましょう。場所はわかりますか?」
「はい、えっと…」
雪子はスマホで場所を調べ始めた。
そこへ萌香が近づいて来て言った。
「あら、どこかへ寄られるのですか?」
俊は一瞬ギクッとしていたが、スマホから顔を上げた雪子が萌香に言った。
「新しく出来たおむすび屋さんでテイクアウトして海で食べようかって話してたんです」
それを聞いた萌香は目を輝かせると言った。
「うわぁ、私もお邪魔してもいいですか?」
俊がやんわりと断ろうとしたところ、先に雪子が言った。
「もちろん!」
雪子は俊の方を見て、
「いいですよね?」
と聞いたので、俊は断るきっかけを失う。
そして諦めたように言った。
「もちろん」
そこへ、ちょうど通りかかった滝田が言った。
「うわぁ、なんか楽しそうだなぁ。僕も混ぜてもらってもいいですか?」
と言ったので、雪子はどうぞと言って微笑む。
海へのピクニックは、なぜか滝田まで参加する事になった。
その一連の流れに思わず俊も笑みを漏らす。
どうやら雪子の周りには自然と人が集まってくるようだ。
そこで俊が雪子に言った。
「じゃあ行きましょうか。雪子さんは僕の車について来て下さい」
「わかりました」
「じゃあ車は……」
「私は歩きなので一ノ瀬さんの車に乗せて下さい!」
萌香ははしゃいだように言った。
すると滝田も、
「僕も徒歩なので乗せていただけると助かります」
と申し訳なさそうに言った。
そこで萌香と二人きりにはなりたくなかった俊は、滝田も自分の車に乗せる事にする。
「では、お二人とも私の車へどうぞ」
俊はニッコリ笑って言った。
俊と二人きりになれない事を知った萌香は面白くなさそうな顔をしている。
そしてさっさと俊の車の助手席へ乗り込んだ。
後部座席には滝田が乗った。
俊は運転席に乗る前に雪子に声をかけた。
「じゃあ、後で!」
そして先に車を発進した。
おむすび屋までは5分で着いた。
俊が駐車した隣に雪子も車を停める。
そして4人はどのおむすびを買うか選び始める。
俊は高菜と昆布と筋子
雪子は梅と明太子
萌香は鮭とツナマヨ
そして滝田は筋子と鮭とちりめん山椒を選んだ。
ペットボトルのお茶も4本買った。
会計は全て俊が支払おうとしたが、滝田が僕も半分出しますよと言ったので、
男性2人にご馳走してもらう形となる。
雪子と萌香は二人にお礼を言った。
そして再び俊の車が先導し、今度は海沿いの駐車場を目指した。
天気は爽やかな秋晴れで、カラッとした空気が心地良い。
休み明けの月曜日という事もあり駐車場は空いていた。
車を駐車場に停めると、4人は早速砂浜へ向かう。
俊の車内にレジャーシートがあったので、それを持って4人は砂浜へ続く階段を降りていった。
砂浜へ着くとレジャーシートを広げ、四人はその上に座った。
「ピクニックみたいなのって久しぶりです」
雪子が嬉しそうに言うと、
「こういうのって、なんか童心に帰っていいですよね」
滝田も楽しそうに言った。
「私も外で、それも海で昼食を食べるなんて久しぶりですね」
俊がそう言うと、滝田が俊に聞く。
「一ノ瀬さんは、サーフィンをやっているんじゃないですか?」
「わかりました?」
「はい。だってその焼け具合といい胸板の厚さといい……私の弟がサーフィンをやっているので体型ですぐにわかりました」
滝田はそう言って笑った。
「そうでしたか。弟さんは湘南で?」
「いえ、千葉の海です。僕は千葉出身なので」
それから俊と滝田はサーフィンや千葉の話で盛り上がり始める。
その間に、雪子は皆の前にお茶とおむすびを配り始めた。
萌香はというと、退屈そうに指で髪の毛をクルクルといじっていた。
「おっとすみません。つい盛り上がっちゃって! では食べましょうか」
滝田は女性二人に申し訳なさそうに言った。
「「「「いただきます」」」」」
4人はおむすびを食べ始めた。
おむすびは想像以上に美味しかった。
「お米もすごく美味しいけれど、なんか塩に旨味がありますね」
雪子の感想を聞いた俊が言った。
「雪子さんは舌が肥えているね。ほんとこの塩は美味いな」
すると滝田も言う。
「米は新潟米を使っていると書いてありましたね」
今まで静かだった萌香は、自分も話に加わろうと慌てて言った。
「この鮭もとっても美味しいわ。北海道の鮭かしら?」
「全部国産の具材を使っているって書いてあったから、多分そうだろうね」
俊が反応してくれた事に気を良くした萌香は、俊に話しかける。
「一ノ瀬さんの高菜も美味しそう!」
「美味いですよ。高菜は炒めてあるな。このひと手間が美味い秘訣か?」
俊が頷きながら言うと、
「えっ? 高菜ってお漬物でしょう? お漬物を炒めるの?」
萌香が驚いている。
すると俊が他の二人に聞く。
「え? 高菜って普通に炒めるよね?」
「ごま油で炒めると美味しいですよね。あとは、鷹の爪と醤油と、あ、あと炒りごまも入れるともっと美味しいです」
雪子は梅のおにぎりを頬張りながら言った。
「そこへ砂糖を少し隠し味で入れると更に美味いって知ってる?」
俊がニヤッとして言うと、
「えー? 知りませんでした。プロ直伝なら今度やってみます」
雪子が感心したように言った。
そこで滝田が聞いた。
「プロって事は、一ノ瀬さんは飲食関係ですか?」
「はい。でも料理人じゃなくて店をプロデュースする側なんですよ」
「ああなるほど。なかなかクリエイティブなお仕事ですね。僕は前に広告代理店にいましたから、そういった職種の方ともよく
お会いしましたよ」
「そうでしたか。どちらの代理店ですか?」
そこからはまた男性二人で盛り上がり始める。
雪子はそんな2人の様子を微笑ましく見ていたが、その脇でつまらなそうにしている萌香に気づいた。
そこで雪子は萌香に話しかけた。
「山根さんはお近くにお住まいなのですか?」
「え? ええ、先程のカフェからは歩いて10分くらいです。あ、えっと、浅井さん…でしたよね? 浅井さんは?」
「私は鎌倉なんです」
「そうでしたか。カフェのオーナーとはお知り合いなのですか?」
「はい、オーナーの奥様と幼馴染なんです」
雪子はそう言ってニッコリと微笑む。
雪子は今日萌香と数時間過ごしてみて、萌香がプライドが高い女性だという事に気付いた。
必要以上に自分を良く見せようとする為、常に緊張状態なので周りとの壁が出来てしまう。
その結果、相手との距離感が上手く掴めずに結局一人だけ浮いてしまう。
萌香のように美しく華やかな女性にありがちなのは、プライドが高い故に状況に応じて相手に合わせる事が出来ない。
だから外から見たら気取っていると思われたり、他人を見下していると誤解されやすい。
そして女性同士の付き合いが上手くいかずに過去の経験がトラウマとなって過度に緊張してしまう。
そしてつい気構えてしまい仮面を被って相手に接するので、本音で話せる同性の友達が出来ないのだ。
雪子はデパートの外商部にいた頃、有名人や華やかな世界の女性達を沢山見て来たので、今の萌香の気持ちが手に取るようにわ
かる。
またデパートは女性が多い職場でもあるので、彼女のような社員を何人も見てきた。
だから雪子はそんな萌香と少しでも仲良くなれたらと思い、萌香が一緒に来たいと言った時に快く了承した。
そこで雪子は自分から歩み寄る事にする。
「萌香さんはとてもお綺麗ですけれど、もしかしてモデルとかされていたのですか?」
すると、萌香の瞳が急にキラキラと輝き始める。
「はい、『mary』という雑誌ご存知ですか? 40代向けのファッション誌なんですけれど……」
「もちろん知っています。有名な雑誌ですもの」
「あそこの読者モデルを5年程やっていました」
萌香は嬉しそうに言った。
「うわぁ、もしかしたらその頃、見ていたかもしれません! だからそんなにスタイルが良くてお綺麗なんですね」
雪子が褒めてくれた事が嬉しかったのか、萌香は緊張状態から穏やかな笑顔になる。
そこからは、女性同士のお喋りが始まった。
スキンケアや今流行りのダイエット方法など、雪子が知りたかった情報について質問をすると萌香は詳細に教えてくれた。
萌香が読者モデルをしていたと知った滝田も、急に萌香に興味を持ち始める。
滝田が以前働いていた会社は出版社との取引も多く、萌香がいつ頃雑誌に出ていたかなどを詳細に聞いてきた。
それに気を良くした萌香は、少しずつではあるが素の自分をさらけ出せるようになっていた。
しばらく皆で談笑しているとそれは更に加速し、気づくと萌香は皆と笑いながら自然に会話が出来るようになっていた。
コメント
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萌香さんの心を優しくほぐす雪子さんに、俊さんは更に惹かれちゃいますね💕
雪子さんは 人をよく観察していて、誰に対しても気配りのできる 優しい女性ですね✨ 最初は 萌香さんを一緒に連れて行くことを渋っていた俊さんだけれど....、雪子さんの魅力的な一面を知ることが出来、結果オーライですね~👍️♥️
俊さんははじめチェッ( ‾᷄ᵋ ‾᷅ )って思ったよね!でも絶対に雪子さんの言動をチラ見してるはずで… きっともっと好意を持ったはず💘