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「そんなに大きな声を出すな。皆がこちらを見ているぞ」
周りを見ると痴話ケンカだと思われているのか、通り過ぎる人たちが振り返ってこちらを見ている。
「ごめんなさい、でも納得が」
月城さんが一旦歩くのをやめた。
「では、こうしよう。食費だ」
「あんまり変わらないじゃないですか。食費なんてほとんどいただきものだし、かかってないんですから」
「そのいただきものは小夜が仕事をして金の代わりにもらったものだ。立派な代価ではないか」
「それはそうですけど」
納得はできなかったが、私は何も言えなくなってしまった。
「俺がいる間は、上手い飯を毎日作ってほしい。それでこの話は交渉成立だ」
月城さんは、半分強引に話を終わらせてしまった。
「わかりました。ありがとうございます。あの薬箱は、大切なものだったので嬉しいです」
少し笑みを浮かべ
「それは良かった。早く直るといいな」
そう言ってくれた。
それからしばらく街を歩いた。
「他にどこに行くんですか?」
「ああ、着物が一着ほしいと思っていて。悪いが付き合ってほしい」
次は、着物屋を訪れた。
「いらっしゃいませ」
私では買えないような高価な着物が並んでいた。
着物なんて自分で買ったことがない。母が着ていたものや、患者さんの家に行った時に着れなくなったからと譲ってもらったものが数着あるだけだった。
綺麗だなと思って見てしまったのが、薄桃色の生地で、桜の刺繍がところどころに施されている着物だった。
おそらく一生着ることがない、縁がないもの。
欲しいとは思わない。
幼い頃から我慢をしているためか、物欲は感じない方だった。
「小夜」
月城さんに呼びかけられた。
「こちらとこちら、どちらが良いと感じる?」
月城さんが指差していたものは、鼠色の着物と蒼色の着物だった。
月城さんだったら、どっちも似合うんだろうな。
「隊服が青い色だから、鼠色が良いと思います」
普段身に着けない色の方が良いのではないかと思った。
「そうか。ではこちらにする。お代を払ってくるから、ここで少し待っていてくれ」
そういうと月城さんはお店に奥に行ってしまった。
しばらくお店の中を一人で見ていると
「お嬢さん、良い旦那様ですね。男前ですし」
お店の人に話しかけられた。
「いや、旦那様じゃないんです」
傍から見ればそう見えるのだろうか。どう見ても釣り合うわけがないのに。
「じゃあ、妹さんですか?どこかの警官隊さんか何かですか?お給料も良いでしょう?」
悪気はないと思うが、初対面であるのに何かと探ってくる方は苦手だ。
「わからないです。すみません」
無愛想だっただろうか、なんて返答していいのかわからない。
「小夜、どうした?」
月城さんが戻ってきてくれ、ほっとした。
「待たせたな」
お金を払ってきたはずなのに、月城さんは何も持っていなかった。
「着物、買わなかったんですか?」
「丈が合わなかったから、直してもらうことにしたんだ」
月城さんは一般の男性に比べて身長が高い、容姿が良い男性と一緒にいると、こういうことまで聞かれるのか。
「浮かない顔をしている。何かあったのか?」
その言葉に目が丸くなる、なぜわかるんだろう。
あらかさまに表情に出ていたのだろうか。
「いや、なんでもないです。次はどこに行くんですか?」
話題を変えたい。
「小夜は行きたいところはあるか?」
「私は特にはないです」
「そうか。では……」
月城さんが何か言いかけた時
「きゃーー!!助けてーー!」
店の外で女の人の叫び声が聞こえた。
外に出ると、道の中央に男性が一人倒れており、女性が近くで真っ青な顔をして立っている。
その二人を五人の男が囲んでいた。
周りに人はいたが、黙って見ているだけであった。
「おいおいおい、突っかかってきたのはお前さんたちの方だろう」
五人組の中の大柄の男が話しかける。
「それを助けてってどういうことだ。俺たちが何か悪いことをしたか?」
「彼の肩が当たってしまったのは、事実です。でも謝りましたし、こんなに殴るまでしなくても」
倒れている彼を庇うように、女性が前に立つ。
「威勢の良いお嬢さんだな。俺は嫌いじゃない」
違う男が女性に近づく。
「こんな弱い男なんかやめて、俺たちと一緒に行こうぜ」
そう言って、女性の腕を掴もうとした。
話を聞いている限り、あの人たちは悪くない。
助けなきゃと思っても、身体が硬直して動かなかった。
私なんかが間に入っても、何も変わらない。
でも、このまま見ているだけなんてできない。
「やめっ……。うぐっ」
飛び出そうとした私を月城さんが引き止め、私の口を手で塞いだ。
「危ないから下がっていろ」
耳元で囁かれる。
「やめろ」
そして月城さんが一人で止めに入る。
隊服を着ているためか、一瞬、男たちの動きは止まったが
「なんだなんだ、政府の警官さんよ。俺たち何か悪いことをしたか?」
相手は一人だと思ったのか、彼らの勢いは止まらなかった。
「罪のない男性を殴っただろう。その女性も強制的に連れて行こうとしている。暴行した罪で、お前たちを連行する」
男たちはお互いに顔を見合わせた。
そして
「ぐはははははは!!」
全員が大笑いをし始めた。
「警官さん、一人で何ができるって言うんだ。刀を持っているからって調子に乗るんじゃねーぞ」
「お前たちに刀は抜かない」
月城さんは一言冷たくあしらった。
「じゃあ、どうするって言うんだよ。応援が来るまで何もしないつもりか?」
はぁと薄らため息をつき
「素手で十分だ」
表情も変えずに返答した。
私と一緒にいる時の月城さんと表情が全く違う。
すごく冷たい目をしている。
「馬鹿にすんじゃねえ!」
一人の男が月城さんに勢いよく襲いかかるが、それを軽くかわした時に、男のみぞおちに拳が一発入った。
男は地面へと倒れ込み、動かない。
それを見ていた大柄の男は、他の男たちに
「おい、全員でかかるぞ」
声をかけた。
さっきまで笑って余裕の表情を浮かべていた様子とは違い、男たちも本気を出すようだ。
すると一人の男が
「俺たちも刃物くらい出しても問題ないですよね?あいつ、刀持っているし」
そう言いながら、潜ませていた短剣を取り出す。
「当たり前だろ、お相子だ」
全員が何かしらの凶器を持っていた。
月城さんは表情一つ変えない。
私に何かできることは……?
このままでは、月城さんが危ない。
身代わりくらいにはなれるだろうか?
そんなことを考えていた。
その時、月城さんと目が合った。
私の顔を見て
「心配するな」
そう言っているように少しほほ笑んでくれた。
「何を笑っているんだ」
一斉に男たちが月城さんに襲い掛かる。
月城さんは刀を抜こうとはしなかった。
男たちをかわしながら、首筋、みぞおちなど身体の急所に一撃を入れていく。男たちの攻撃は全く当たることなく、次々と地面に倒れ込んでいった。
最後に残ったのは、大柄の男だけだった。
敵わないと思ったのか、男は武器を捨てた。
「もうやめてくれ。降参だ」
月城さんは、男たちに殴られた男性の様子を見に向かおうとした。
その刹那、大柄の男が再度短刀を拾い上げ、月城さんに向かった。
「月城さん!」
思わず私は叫んでしまった。
しかし予想していたかのように大男の攻撃をかわし、ナイフを持っている手に手刀をあびせた。男が持っていたナイフが地面に落ちる。それでも向かってくる男の左腕を取り、地面へと背負い投げた。
男は動かなくなった。
そこへ
「お待たせいたしました!」
私たちを街まで送ってくれた樋口さんと十名くらいだろうか、隊士が走って来た。