翌朝瑠璃子が目を覚ますと辺りは一面銀世界になっていた。
昨日の夜降り始めた雪は本降りとなり一夜にして岩見沢市内を真っ白に染めていた。
瑠璃子は初めて見るその白一色の景色をしばらくの間カーテンの隙間から眺めていた。
雪は30センチほど積もっているのでマイカーで行くのは無理だと思い今日はバスで行く事にする。
その時携帯が鳴った。大輔からのメッセージだ。
【おはよう! 結構積もったね。8時にマンションへ迎えに行くから一緒に行こう】
大輔が迎えに来てくれると知り瑠璃子は嬉しくて叫ぶ。
「うわぁ助かる、先生ありがとうー」
そしてすぐにお礼のメッセージを返信した。
それから瑠璃子は弁当を作り始めた。今日は弁当を二つ作る事にする。
そのうちの一つは病院まで送ってくれる大輔にお礼として渡そうと思っていた。
弁当を作り出掛ける準備を終えた瑠璃子は8時少し前に外に出て大輔を待った。
駐車場に停めてあった瑠璃子の車には雪がこんもりと積もり姿が見えない。
(フフッ、まるでキノコみたい)
幸いマンションの駐車場はロードヒーティングになっているので除雪は必要ないので助かる。
その時大輔の車がこちらへ向かって来るのが見えた。
車が到着すると瑠璃子は助手席に乗り込みながら大輔に礼を言った。
「先生助かりました、ありがとうございます」
「いきなり積もったね」
「起きたら景色が変わっていてびっくりです」
「ハハッ、これからもっとすごいぞ」
大輔はそう言って車をスタートさせた。
裏通りから大通りへ出る時、深夜に除雪車が避けた雪の山が出口を塞いでいる。その壁を大輔の四駆が力強く乗り越えた。おそらく瑠璃子の軽では乗り越えられないだろう。
大通りは綺麗に除雪されていて走るのに特に問題はなかった。
雪に慣れているはずの地元の人の車も、久しぶりの積雪とありスピードを緩め慎重に運転をしている。
瑠璃子はそんな雪景色の町を興味深げに眺めていた。
「まだまだ本格的な雪はこれからだよ」
「私、雪国をちょっとなめていました」
その言葉に大輔がハハッと笑う。
やがて車は病院に着いた。
職員駐車場にもかなりの雪が積もり事務方の職員達が一斉に雪かきをしている。
大輔は車を停めると瑠璃子に言った。
「帰りは僕の方が遅いと思うから、申し訳ないけれどバスかタクシーで帰ってもらわないと…」
「はい、大丈夫です。行きだけでもすごく助かりました」
そこで瑠璃子は弁当が入った袋を大輔に差し出す。
「ん?」
「お弁当です。せめてものお礼に」
「お礼なんていいのに……でもせっかくだからいただくよ。ありがとう」
大輔は嬉しそうに袋を受け取った。
そして車から降りた二人は病院内のロッカールームの前で別れた。
その日の正午過ぎ、いつものように通常業務をこなしている瑠璃子に突然玉木が声をかけた。
「これ、今日の外来のリストなんだけどデスラーの机に置いてきてもらってもいい?」
玉木は瑠璃子にリストを渡した。
その瞬間瑠璃子はゴクリと唾を飲み込む。いよいよチャンス到来だ。
瑠璃子は快く引き受けると、書類を手にしていそいそと外科の医局へ向かった。
医局へ続く渡り廊下を歩きながら心臓がドキドキしていた。
それはいよいよこれから真実が暴かれるかもしれないからだ。
心臓血管外科の医局は廊下の一番奥の突き当たりにあった。
医局のドアはいつも開いているので瑠璃子は開いたドアをノックしてから中に入った。
「失礼します」
医局に入ると右手には医師達が仮眠をとる為のソファーが置いてあった。
窓際にはコーヒーメーカーがありその脇には砂糖やミルクの他に飲み物やスープ類が常備されている。
そして壁際には冷蔵庫と電子レンジもあった。
医局には長谷川医師と山口医師がいた。瑠璃子が中へ入ると長谷川が声をかける。
「瑠璃ちゃんいらっしゃい。おや? 瑠璃ちゃんは医局は初めてかな?」
「はい、初めてです。昨夜の歓迎会ではありがとうございました。えっと、岸本先生の机はどちらですか?」
「僕の向かいだよ」
山口が教えてくれたので瑠璃子は向こう側へ回る。
大輔の机に近づきながら瑠璃子の心臓はバクバクと大きな音を立てていた。
そしてとうとう大輔の机の前に来た。瑠璃子の目に最初に飛び込んできたのはあのラベンダーのガラス細工だった。
この時の瑠璃子の心拍数は過去最大の数値を刻んでいただろう。
そこにあるガラス細工は『promessa』のプロフィール写真に写っていた物と全く同じ物だった。
そしてその周りにある卓上カレンダーやペン立ての種類も同じだった。
パソコンの上に載っていた万年筆だけは確認出来なかったが、仕事で万年筆を使う事はないのであれは大輔がわざと自宅から持ってきた物だろう。プロフィール写真の演出の為だけに使ったのかもしれない。
立ち止まったまま動かない瑠璃子に気付いた長谷川が声をかける。
「瑠璃ちゃんどうした? 何かあった?」
その声にハッとして慌てて答える。
「あ、いえ……岸本先生の外来のリスト、こちらに置いておきますので」
瑠璃子はそう告げると出口へ行き「失礼します」と一礼してから医局を後にした。
医局を出た瑠璃子は放心状態のまま廊下を歩いていた。
やはり『promessa』の正体は大輔だったのだ。瑠璃子は自分の推理が本当に当たっていた事に驚く。
(どうしよう…憧れの小説家が岸本先生だったなんて…)
瑠璃子は真実を知り頭の中が混乱していた。
(ダメダメ瑠璃子、仕事中にこんなんじゃ駄目よ、ミスしちゃうわ! 集中しないと)
そう言い聞かせながら瑠璃子は右手をグーにして頭をコツコツと叩いた。
その時前から白衣を着た大輔が歩いて来た。そこで瑠璃子はまた頭が真っ白になる。
大輔は瑠璃子の様子がおかしいので不思議そうな顔をしていた。
「どうしたの?」
「い、いえ、なんでもありません! あ、先生、外来のリスト、机に置いておきましたので」
瑠璃子はそう告げると逃げるようにそそくさとその場を後にした。
大輔はそんな瑠璃子を見て首をひねると不思議そうな表情のまま医局へ戻って行った。
その日瑠璃子は心ここにあらずといった感じでボーッとしていた。
ミスだけはしないようにと患者と接する時は細心の注意を払っていたが、合間に訪れる隙間時間にはつい大輔の事ばかり考えてしまう。
おそらく大輔は夜勤の時に小説を書いているのだろう。夜勤は急変や急患がある時以外は暇な時間が多い。
今思い返してみると大輔に大手術が入っている日に小説の更新はなかった。逆に大輔が暇な時期には更新頻度が多い。
『promessa』の正体が大輔ならそれも当たり前だ。
そしてエッセイの謎も解けた。エッセイに書いてある内容が常に瑠璃子とリンクするのは『promessa』が大輔だからなのだ。
(そういう事だったのね……。まさか『promessa』がこんなに身近にいたなんて)
クスッと笑う瑠璃子の瞳にはかすかに涙が滲んでいた。
その頃医局では大輔が瑠璃子お手製の弁当を食べていた。今日は午後から外来担当なので食堂に行く時間がないのでここで食べている。
大輔が美味しそうに食べているとすぐに長谷川が気付いた。
「あらー大輔先生! 今日は誰かの手作り弁当なのかしらん?」
長谷川はニヤニヤしている。
「内緒です」
大輔はムスッとしたまま美味しそうに弁当を食べ続ける。
そんな大輔を見ながら山口が長谷川に言った。
「いいですねぇ若い人達は」
「僕達もこういう時代がありましたよねぇ、山口先生」
「はい、私も妻とは職場恋愛でしたからまさに今の岸本先生と同じですよ」
「そうでしたね。いやぁ職場恋愛ってなんだか楽しそうでいいなぁ」
「ハハッ、楽しかったですよ。仕事に張りが出ますからねぇ」
勝手に盛り上がっている先輩医師2人に大輔がムスッとして言った。
「2人とも、応援する気があるんだったらそっとしておいて下さい」
それを聞いた長谷川と山口は思わず顔を見合わせて笑った。
コメント
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フフフ🤭「 ああ、カミさんがね〜( ≖ᢦ≖)❤ 」って、刑事コロンボばりに言ってみたいよね。大輔先生ꉂ🤣𐤔 (古過ぎだね、失礼🤣) 大輔先生は「応援ꉂꉂ📣」って事を言うんだから、もう瑠璃ちゃんをロックオンしてるし、💕🤗 大好きなpromessa先生が気になる人と同一人物だとわかった瑠璃ちゃんはどう切り出すのかな。。。(*´艸`)❤ 楽しみ過ぎデス🥰
ちゃちゃ入れたくなるのよね😊 みんな応援してくれてると思うよ😊
ワクワク💕瑠璃ちゃん、どんなふうに大輔さんに確認するのかな〜? 大輔さんもまさか瑠璃ちゃんが自分の小説やエッセイを読んでるなんって思ってないだろうから、どんな反応するのかな?ワクワク💕わくわく💕早く明日にな〜れ🙏