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半蔵危機一髪!

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半蔵危機一髪!

1 - 1 満員電車で危機一髪!

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2023年10月09日

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金曜の夜、都心から千葉へと抜ける終電はいつもの通り、超満員だ。

老若男女問わず寿司詰め状態の中、僕、平井半蔵は今日もなけなしの居場所を確保しつつ、左右前後から来る圧迫に耐えていた。

晴れて大学に入学して三か月。ようやく少しは満員電車の乗り方に慣れてきたと思う僕だが、今日のポジショニングはすこぶる悪い。

すぐ左隣には受験生らしき高校生。単語帳を捲りながら、神経質に鞄の金具を弄る音がチャリチャリチャリチャリと耳に障る。

真正面の超至近距離、顔付き合わせて立っているのは酔っぱらった中年サラリーマンだ。

電車が揺れるたびに、おっさんの顔が唇奪われそうなくらい接近してくるけど、今のところおっさん自身のメタボリックな腹が僕の腹につっかえて、危機は回避されている。

「うっぷ……うぃ……」

(それにしても酒臭いな。どれだけ飲んで来たんだ、このおっさん)

おっさんは規則正しく僕の腹に腹をこすりつけ、時折えづきながら動きを止めては僕を戦慄させる。

頼むよ……僕、つられるタイプなんだから……。

「この先、電車揺れますのでご注意下さいー」

アナウンスが響いた直後、言葉通り大きく車内がシャッフルされた。

乗客同士、互いに支え合っていた危ういバランスが一気に崩れる。

そんな中、背後から前触れなく無遠慮な圧力がかかって、僕は慌ててつり革を両手で掴んで耐えた。

(危ない!誰だ後ろの奴!全体重躊躇なくかけてきやがって、ちょっとは自分で耐えろよ!)


僕は眉間にしわを寄せて後ろを向いた。


「あぁん、立てないぃ。ごめんなさぁい」


視界に飛び込んできたのは胸元の開いた露出度満点の服と、その服に相応しい色気のお姉さん。豊満かつ深い谷間が僕の背中に押しつけられている。


「全っ然問題ないっす!」


僕の背中よ!今だけでいい、指先に負けない敏感な触覚センサーになれ!


「うぃ~っぷ」


だが、全集中力を背中に傾けるべく情熱を燃やす僕をすぐに引きずり戻すのは、目の前のおっさんだ。


「ぐえ……ん、ぷっ……」


窮屈そうな腹に自由を与えるために、おっさんは芋虫のような指でベルトを外しにかかった……


って、あれ?


ちょ、待って! おっさん、間違えて僕のベルト外してるよー!


「あの、違う! 間違ってます!」

しかし、両手で吊革を掴んで後ろのお姉さんを支える僕は、おっさんを振り払うこともできず、ひたすら声を上げることしかできない。

「んあ?」

おっさんの返答はこれだけだ。

(セクシーお姉さんに密着した状態でベルト外すなんて変態だろ!?頼むから辞めておっさん!)

僕が心の中で悲鳴を上げたとき――また大きく電車が揺れた。またしてもあちこちで足踏みやぶつかる音が聞こえ、

「うぷっ……おっとぉ……」

おっさんものけぞった拍子に、ベルトから手が離れた!

そこへ横からの圧力がかかり、おっさんはえづきながら人の波に押し流されていった。

助かった……と思った僕のお腹あたりがやけに楽になる。

(しっかりベルト外れてんじゃねーか! 酔っぱらってる癖にどんだけ迅速な仕事ぶりだよ!)

憤慨したり感心したりしている間に、電車は駅に滑り込んだ。

ドアが開くと、ホームに向かって一気に人が流れ、また雪崩込んで来る。

降りる人に巻き込まれないよう、僕はつり革をしかと握り締めた。

本当はベルトを直したいが、人の出入りが激しすぎて両腕が下せない。

と、左隣の高校生が突然バッと単語帳から顔をあげた。

焦った顔で周囲を見回し、慌てて出口に向かうが、既に降りる人の流れは終わって人が一斉になだれ込んでくる。

押し戻されてのけぞり、こっちにぶつかってきた高校生を、咄嗟に体で受け止める。

「す、すみません!」

謝罪もそこそこに、慌てふためいて身を起こす高校生。

その拍子に高校生の肩掛け鞄が派手にずり落ちた。

「あ、鞄!」

呼び止める僕の声に振り向きもせず、高校生は金具部分を掴んで強引に出口に突っ込む。果敢に突進していく彼の進行方向に、何故だか僕も引っ張られた。

「ぬわっ!?」

彼が掴んでいったもの……それは鞄の金具じゃない! さっきおっさんが外した僕のベルトのバックルだ!

「や、やめ……!」

声にならない叫びをよそに、ズボンからスルリと抜けた黒いベルトは高校生と共に途中下車した。

(お前! あれだけ神経質に金具弄っておきながら、最後の最後で間違えんのかよ! 落ちろ! 地獄に! 受験に!!)

僕は心の中で絶叫した。

扉は無情に閉まり、ホームと高校生とベルトは、あっという間に窓の向こうへ流れ去った。

ああ……腰回りが気持ち悪い……。

(もしかしなくても、ズボンがじわじわ下がってる……)

僕は少し膝を開いて、さり気なく尻を突き出し、これ以上ズボンがずり落ちないように努めた。

後ろのセクシーお姉さんが気付きませんように……。

「はい、電車この先揺れますのでご注意下さいー」

呑気な声のアナウンスの直後、またもや車内が大きくシェイクされる。

ってこのタイミングのシェイクはマジでヤバい! ズボン保持態勢キープできない!

僕は思わず身をよじった。

しかしこれが逆効果!

ズボンが一気に落下していく……!

「ああ……行かないで……!!」

「キャーッ!!」

車内に響く悲鳴。

(……終わった……)

明日から僕は市川半蔵じゃない。

市川パン蔵、いやパンツ蔵という名前で呼ばれるだろう。

「母さん、明日の朝刊の小さな欄で踊るパンツ蔵をお許し下さい……」

一周回って冷静になった僕は、ふと辺りを見回した。

車内の視線は僕ではない方に向いている。

「あれ?主役は僕じゃない?」

人々の視線の先には、不自然に空いた空間。

口や鼻に手を当てて、右往左往する人々の混乱の中心は……

「あっ、あいつ!さっきの酔っぱらいのおっさん!!」

おっさんは屈みこんだまま動かない。

いや、時折痙攣している……え?

「まさか……とうとう……?」

そこで何が起きたのか。

僕はそれ以上考えることをやめ、鼻から口呼吸に切り替えた。

どうやらおっさんのおかげで僕の惨事はばれずに済んだようだ。

(やった、ツイてる! いや、総合的には全然ツイちゃいないんだけど!)

ほっとして視線を戻すと、人の隙間から怪訝そうな表情でこっちを見ているОL風の女性と思い切り目があった。

「…………。」

向こうが僕の下半身にさっと視線を走らせて目を逸らす。

(違いますよ!? 全然ズボン脱げてませんから! これ、腰パンならぬ、膝パンですし!セクシーお姉さんにイタズラしてるわけでもないですよ!? むしろイタズラされているのは僕の方ですから! 神様にイタズラされているんです!)

 そんな声なき抗議は当然ながら誰にも届くことはない。

(神様! イタズラは程々にして、ズボンばかりじゃなくて僕を降ろして下さい!)

思わず両手を合わせて神様に祈った時、まるで僕の願いを聞き入れたかのように、電車が駅に滑り込んだ。

ドアが開き、おっさんの悲劇から脱出すべく、我先にと人が出口へ向かう。

神様に真摯な祈りを捧げていた僕は、つり革を掴むタイミングを失って流されそうになり、慌てて体勢を立て直そうと片足を上げた。

……や、やっちまった!!足を上げた拍子にずり落ちたズボンから片足抜けちゃった!

(これもう詰んだか!?いやまだだ、ズボンにもう一回足を入れて履き直せばっ……)

頭をフル回転させてる間に、今度は乗車してきた客が押し寄せ、車内は瞬く間に人で埋まっていく。

何ということだ!ズボンに足を入れるどころか、足を下ろすスペースすら失ってしまった!

しかも、スペースを失ったのは僕だけじゃなかった。

同じようにスペースを求めた誰かのピンヒールが、強引に床に立とうとして、僕の足の小指を踏んだ。

「あぎゃぁぁっ!」

僕は咄嗟に踏まれた足を跳ね上げた。

……あれ?

足あげて、足降ろさないで足あげて、って僕はつまり……今どういう状態なんだ……?

「……ええええ!?」

こんなことってありなの? ぎゅうぎゅうの乗客に支えられて、両足上げたまま固定されてる?

下半身パンツ一枚の状態で、僕、浮いてるよ……。

ミラクル! はじめまして! ネバーランドから来たピーターパンツです!

窓を見ればネオン輝く都会の景色が流れ星みたいに過ぎ去っていく。

(わあ、ロマンチック。本当に空を飛んでいるみたい)

まあ、現実逃避なんだけど。

数分間の疑似浮遊体験の後、ゆっくりと電車が減速していく。

見慣れた街並み。ついに僕が切望していた最寄り駅だ。

「ホーム内、一部電車とホームの間が空いております、お降りの際は……」

聞く耳持たないと言わんばかりの乗客達が開いたドアからホームへと殺到する。

僕もまた流れのままに連れ出されていく。当然浮いたままで。

(待って! ズボンが! ズボンがまだ中にいるんです! 取り残されているんです!)

そんな僕の服を誰かが引っ張る。

誰だ、僕を引き留めてくれるのは……

って、傘がTシャツの袖に引っかかってる! 誰だよ雨も降らないのに傘持って来た奴!やめて!破れる破れる!」


ビリィィィ……!


……へへ……イカすだろ? このダメージTシャツ。天然ものなんだぜ……。


散々もみくちゃにされた挙句、僕はホームへポイ捨てされて転がった。

何とか立ち上がって呆然と立ち尽くす僕の肩を、誰かが叩いた。

「君、その恰好で電車乗ってたの?」

壮年の駅員さんが険しい顔で僕を見ている。

僕は自分の格好を改めて顧みた。

破れて肩に引っかかってるTシャツに、パンツ一丁。

「ちょっと駅員室まで来て話聞かせてくれる?」

僕はただ頷いた。いつの間にか頬に涙が伝っていた。

僕の危機は、まだ終わらない。

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コメント

4

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めっちゃ面白いです!

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