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「え……?」
彼が真剣な表情を浮かべたまま、低い声音で言葉を紡いだ。
「君は…………笑ってる方がいい」
怜が奏と視線を交差させた後、徐に海へと顔を向ける。
二人はしばらくの間、穏やかな冬の海を黙ったまま見つめていた。
遠くに見える水平線に、寄せては返す波の音。
潮の香りを微かに含んだ冬の冷たい海風が、怜と奏を包み込む。
二人を覆っていた沈黙を破るように、怜が先に口を開いた。
「奏さん。ウォームアップができたところで、何か一曲……吹いてくれないか?」
「え? 本気で言ってます?」
「もちろん」
奏は海を見やりながら、記憶の引き出しからトランペットの名曲を探し出す。
(個人的にトランペットの曲でメジャーな曲といえば、あの曲なんだけど……)
「うまく吹けるかわかりませんが……ワンコーラスだけ」
奏は楽器を構えて大きく息を吸い、『フライデーナイト・ファンタジー』を演奏し始めた。
金曜日の夜に放映されている映画番組の初代オープニングテーマ曲。
トランペットの曲の中でも、有名な部類に入るだろう。
「お、金曜日の映画番組のテーマ曲か。なかなか渋い選曲だな」
奏が吹いている横で怜がポツリと呟いた。
郷愁を帯びた音色で演奏する彼女から、彼は目が離せない。
(やっぱり彼女は……クールビューティだよな……)
潮風に靡く長い黒髪。
水平線に視線を向け、シュッとした立ち姿で颯爽とトランペットを演奏する奏に、怜はカッコよさと美しさを感じてしまう。
サビの部分に入る直前、彼女の演奏にじっと耳を傾けていた彼が、テナーサックスを構え、ベース部分を演奏し始めた。
人の気配が殆どない海辺での、木管と金管の即席二重奏(デュオ)。
怜が時折、アドリブを突っ込んでくる。
視界の隅には、いつの間にか本橋夫妻がスマホを構え、怜と奏の演奏を動画で撮ったり写真を撮ったりしている。
演奏している時の身体の揺らぎ、アイコンタクトで、テンポとタイミングを合わせる。
最後の一音を丁寧に伸ばし、視線を互いに交えながら、奏がタクトを振るようにベル部分で円を小さく描き、演奏が静かに終わった。
「葉山さん、いきなり入ってきたからビックリしたんですけど!」
「いや、奏さんが吹いてるのを見たら、俺も参戦したくなった。それにしてもこの曲、いい曲だよな」
「ニニ・ロッソのように、メロディアスで哀愁漂う音色は出せませんが。この曲、トランペットメインですが、裏で鳴ってるピアノが凄くカッコよくて、アルペジオが音の嵐って感じなんですよね」
「ラッパとピアノ…………なるほどな。君がこの曲を選曲した理由が、何となくだけど分かったような気がしたよ」
二人の会話がひと段落ついた所で、本橋夫妻が怜と奏の元へ近付いてきた。
「二人とも、とても素敵! 奏がトランペット吹いてるのを初めて見たけど、すごくカッコいい!」
奈美がアーモンドアイをキラキラさせながら、興奮状態で奏に話しかける。
「怜。お前…………カッコいいな」
豪が照れ混じりにボソっと怜を褒めていると、奈美が何かを思いついたように、怜と奏に提案した。