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アイリス様はじっくり時間をかけて俺に何をさせるか考えているらしい。
マリカさんがこっそり教えてくれたのだ。
そして、始まったのだ。
アイリス様の俺への意趣返しが。
「クラウス!あの木のてっぺんにあるリンゴが食べたいわ」
それはアイリス様に呼び出しをされた日から一週間後であった。「散歩に行くわよ!」と誘われて中庭を歩いている時、突然言われた。
「あの、リンゴの収穫ってまだ先では?」
「日光が一番当たってるし大丈夫じゃない?」
「ならもっと取れる位置のにしません?」
「……お父様に何て言おうかしら?」
「……承知しました」
アイリス様はこんなことをほざきやがった。
俺は木登りくらい余裕だ。
アイリス様はわかっているようでこのような命令をしてきたのかも知れない。
ため息しつつ木登りをして、リンゴを収穫し手渡す。
「やっぱり美味しくないわねぇ。うーん、日が一番当たってれば甘くなると思ったけど違うのね」
「アイリス様?」
「それにしても流石ね!木登り、前よりも上手くなってるわね」
「……はい」
アイリス様、それは嫌味ですか?
さらに一週間後。
「クラウス、昔みたいに一緒に夕食食べない?」
「はい……いただきます」
今度は二人で食事しようと誘われる。
断るとまた旦那様に報告を……と言われるので潔く了承した。
何か裏がありそうだな。
そう思って迎えた夕食。
「……ヴ!」
……めちゃくちゃ辛かった。
噛んだ瞬間香辛料が鼻に広がり、辛すぎるあまり変な声をあげてしまう。
「どうしたの?はしたないわよ?」
「……申し訳ありません」
「いいのよ気にしなくて。私たちだけだから」
刹那殺意が湧くも、反応を示すと余計に喜ばせるだけなので、黙々と食事し、用意された分を食べ終えるのだった。
だが、味覚と嗅覚が麻痺してしまい、残りのご馳走の味がわからなかった
それからさらに一週間が経過した。
「ねぇ、クラウス、今すぐこのリストの物を買ってきてちょうだい?」
「承知しました」
アイリス様に呼び出されて一枚のメモ用紙を渡された。
パシリかと思い了承しながらそのメモを見ると……あれ?なんだよこれ。
「あの、少々季節外れの品がありますが」
「急に食べたくなったのよね。……一週間時間あげるから買ってきて」
「流石に無理が」
「でも、あなた……承知しましたって言ったわよね?発言を取り消すの?……情けないわね?」
その反応にイラつき、俺は意地でも揃えてやった。
今の時期なら高値だが、やりとりしている場所を把握している。
領地から少し離れているが、現地まで赴き7日かけても買い物リストの内容を耳揃えてやった。
「え……本当に揃えられるなんて」
「お嬢様がお望みでしたので」
「そうなの」
あれぇ?若干引かれてない?
「お疲れ様でした」
いや、俺の苦労をそんな労いの一言で済ませるのはやめてくれませんかね?
こんなやりとりをしたが、日に日にアイリス様は元気になっていった。
よく笑うようになった。
少し無茶振りにイラッと来たが、アイリス様を笑顔にできたのならよかったと心から思った。
やっぱりアイリス様は笑顔が一番だ。
俺自身もアイリス様との懐かしいやり取りは楽しかった。
今度はどんな願いを用意してくるやら。
「クラウス!行きたいところがあるの!出かけるわよ!」
そう思っていたのも束の間。次の日に声がかかった。
お忍びで行くので目立たないように変装して街へ向かった。
少し地味な平民服に着替え、屋敷から歩いて数分街中を歩く。
肉屋、果物屋、八百屋などの様々な店が並び、人が多く密集する繁華街。
メインストリートを10分ほど歩き続け、人気がない路地裏に入る。
しばらく歩き右手に見えてくるのが目的地。
「ここは変わらないわ。……安心したわ」
「知る人ぞ知る隠れた名店ですからね」
到着した場所はえんじ色の外装をしている洒落た喫茶店。店の入り口前にメニューの書かれた黒い立て看板が置いてある。
ここは俺とアイリス様が屋敷を抜け出して通い詰めた思い出の場所だ。
「……何やってるんですか?」
「ええ……ごめんなさい。少し嬉しくて……今行くわ」
そんなに懐かしいのかと思いつつ、通い慣れた喫茶店に入る。
チャリンチャリンという、鈴の音が店内に響きわたった。
「いらっしゃい、空いてる席にどうぞ」
出迎えてくれたのは口髭を生やした中年の男性店主。口数は少なく、威厳のある人だ。
店内にはお客さんは三人いた。
一人で来ているお爺さんと、20代のカップル。
俺は目が合うと小さく会釈をする。
知り合いというより顔見知りと言った方がいいだろう。
話したことはないが、店で会ったら会釈や挨拶をする仲だ。
名店ではあるけど、気難しそうな店主が理由に近寄りがたい印象があるせいであまり新規のお客さんは来ずらい。
来る人ほとんどは常連客である。
「ブレンドコーヒーとショートケーキを」
「私も同じものを」
注文を済ませ、席に座る。
ここに来た時には頼むものはいつも同じだ。
ここの店主の秘伝レシピのケーキが絶品だ。
甘さがちょうどよく、癖になる味。
この喫茶店を見つけた当初、俺とアイリス様はいつも頼んでいた。
「お待たせしました」
席について少し経つと店主がコーヒーとショートケーキ持ってきてくれたので、お礼を伝えて受け取る。
「いい香り」
アイリス様はコーヒーのほろ苦い香りにそう呟く。本当にアイリス様はここのコーヒーとケーキが好きだ。
俺もアイリス様に倣いコーヒーを一口飲みケーキを食べた。
「……ここは変わらないわね。……コーヒーの苦味が嫌なことを忘れさせてくれる。……ケーキの甘さが和やかな気持ちにしてくれる」
「アイリス様?」
途端、アイリス様は何故か涙を流していたので俺は慌ててハンカチを差し出した。
「……どうしたんですか?」
「ごめんなさい。少し感傷に浸ってしまって」
やっぱり何かあったのだろう。
この喫茶店に行くと聞いた時、もしかしたらと思っていた。
帰省した後のアイリス様に違和感があったし、3年ぶりに俺に会った時の態度が妙におかしかった。
「私に変わらずに接してくれてありがとう。迷惑をかけてごめんなさい」
アイリス様はハンカチで涙を拭き、そう言って俯いてしまった。
幼い頃から通っていたこの喫茶店。行こうと言い出した時は大抵が辛いことがあった後。
特に旦那様に怒られたり、貴族令嬢としての習い事で失敗した後だ。その度に俺は話を聞いていた。
目は少し赤くなっていて、泣いているのを隠すために俯いていた。
そんな弱気なアイリス様に俺は。
「はぁ」
「へ?」
大きくため息をした。
その反応に戸惑うアイリス様に言葉を紡ぐ。
「何を今更……別に気にしてませんよ。あんなの昔に比べれば楽な方です。覚えてます?アイリス様の独断で屋敷を抜け出したり使用人に悪戯するたびに俺クビにされそうになって、ひたすら謝って……始末書書かされて……時には物置小屋に閉じ込められて……ああ、思い出しただけで俺も涙が出てきた」
「……何それ、嫌味?」
「はい。嫌味の他に何があります?」
思い出したら俺も感傷に浸ってしまい、アイリス様はそんな俺に少し微笑んでいた。
「別に俺たちは今更遠慮する仲ですか?親友、そう言ったのは貴方でしょう。……俺でよければお話し聞きますよ?」
「そうね……お言葉に甘えようかしら」
俺の言葉に安心したのかアイリス様はそれから語り始めた。
卒業パーティで何があったのかを。