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ちょっといい話を聞いている最中、脇にいた俺の腹が空気を台無しにしてしまったという現実に、本当に顔から火が出るんじゃないかと思うほど首から上が熱くなった。
それをみんな笑ってくれたけど、俺としてはすぐ布団に潜り込んで頭を抱えたい気持ちでいっぱいだ。いたたまれなくて、恥ずかしくて、さらには逃げ出したい俺が、呻き声を上げながらうずくまったときだった。
「陸くん、少しいいかな」
大輔さんの手招きに、ちょっと涙目で顔を上げた。
その時優斗と茜さん、賢人さんの三人は、室内を軽く拭き掃除していたり、部屋の中で本を広げ始めたりしていたから、俺が大輔さんに呼ばれたことは気づいていなかったと思う。仮に俺がなにかしようとしていても、きっとそっとしておいてくれただろう。
本当に恥ずかしくてたまらず、少しでも人目につかない場所に行きたかった俺にとって、大輔さんから呼ばれたのは渡りに舟だった。
のろのろと立って、大輔さんが手招くリビングへと滑り込む。
電気がついていないリビングは、広々としている分だけなんだか物悲しかった。
「こんなことに巻き込んでしまってごめんな、陸くん」
「ああいえ。茜さんからも朝に謝られましたけど、運が悪かっただけですから。それに結構楽しんでいる部分もあるんで、気にしないでください」
「そうかい? ──いや、この被災した状況のことだけじゃないんだ。僕がもっと優斗から君の話を聞いていれば、ここに呼ぶこともなかったはずなのに……」
大輔さんはとても苦しそうな顔をしていた。
やっぱり昔、母さんとなにかあったんだろうか。俺のことをよく知っていたら、三科の本宅に呼ぶことはなかったと面と向かって言われたのは、少しショックだった。
この非常事態時、確かに俺は扱いに困る存在だろうと分かってはいるけれど。友だちの親から邪魔者扱いされるのは、なかなかキツい。
でも大輔さんは邪魔者扱いしたのと同じ口で、泣きそうになりながら何度も謝罪した。
「本当にすまないと思ってる……! だけど頼む陸くん、これだけはお願いだ! 全員の火葬が終わったとはっきり分かるまで、君も僕らと一緒に、食事を控えてほしい」
……これは、予想外のお願いだった。
「もうすでに空腹だと思う。きっと持ってきた荷物の中にも、優斗と食べようと思っていたお菓子が入っているだろうとも思う! だけど、これだけはなんとしても守ってほしい、お願いだ……!!」
友だちの親からこんな風に懇願されて、突っぱねられる人間がいるんだろうか。
少なくとも俺は無理だった。なんで、とか、俺は関係ないだろとか、いろんなことが頭の中をよぎりもしたけれど──結局、分かりましたと首を縦に振るしかなかった。
自分でも、一人でこっそり食べるのは優斗に悪いとも思っていたんだ。もし口の端に食べかすをつけて、それを優斗が見つけたら──きっと俺を責めず、いいなぁなんて愚痴をこぼしながらも許してくれると思う。だけどそれじゃあまりにも、友だち甲斐がなさすぎると、ちゃんと分かっていた。
だからこうして、俺一人が盗み食いするのを止めてくれたことは感謝すべきことだと、日記を書いている今はそう思える。
それでもやっぱりその瞬間は、なんだかモヤモヤしたものを感じていた。
すまない、申し訳ないと繰り返す大輔さんを宥めてリビングを出た俺は、愚痴を言いたい気分でもなく、とにかく人気のあるところに行きたかった。なんというか、卑屈に見える大輔さんの態度が、俺の感性に合わなかったのかもしれない。
大おじさんのように高圧的に話されるのも、大輔さんのように下手に出た言い方も気に障るなんて、我ながらずいぶんワガママだと思う。だけどあっけらかんと、悪いけどやめてくれよーって笑いながら言われるのが、きっと俺には合っていた。
賢人さんの部屋に戻ると、すでに部屋の中には何冊かの本が広げられていた。たぶん座敷わらしに関連しているページが開かれてるんだろう。風で閉じてしまっても問題ないように、全てにしおりが挟まっていた。
どれもこれもびっしりと文字が書いてあるから、それだけであくびが出そうだった。
「あ、陸! どこ行ってたんだ?」
「ちょっとストレッチ。外が雨だと、なんか体がムズムズしてさ」
次々に開かれていく本の山にうんざり顔を見せていた優斗が、やがて俺の帰還に気づいて寄ってきた。その気安い感じに、ホッとしたのはここに書くまでもない。
大輔さんとの話は言い出しにくくて咄嗟に嘘をついてしまったけど、優斗はそれを素直に信じてくれたようだった。分かるーなんて笑いながら、優斗自身も両腕を上に伸ばし、ぐぐっと背筋を伸ばす。
「気が滅入ることばっかりだと、なんか体がギシギシするよな。……ひいばあちゃんやじいちゃんたちが死んだって聞かされても、正直全然実感湧かなくってさ。夢でも見てるみたいな、ふわふわした気分だ。薄情かもしれないけど、死に顔も見てないから……」
「……分かるよ、その気持ち。言葉だけで言われたって、実感なんて湧くわけないよな」
もし今俺が、母さんが死んだと言われても似た反応を見せると思う。冗談を言われたような、でも本当だったらどうしようってあせるような、そんな気持ちじゃないかと思えた。