それから栞は、直也の研究室の片付けを始めた。
まずは、研究室の顔とも言える机回りから取り掛かる。
机の上には、本や書類が山積みになっていた。
栞は、ノートパソコンと睨めっこをしている直也に向かって言った。
「先生、ちょっとソファーへ移動してください」
「はいはい、わかりましたよ~」
直也は素直にノートパソコンを抱えソファーへ移動したので、栞はそこから勢いよく片付けを始めた。
まずは、机の上にあった山積みの本を、一冊ずつ机の後ろの本棚に並べていく。
テレビ映りを意識し、色や大きさに配慮しながら美しく配置していった。
机の上の本をすべて片付け終えると、最後に直也の著書を並べた。
書店のディスプレイのように、表紙を見せながら美しく並べていく。
(これでよしっ! これなら、ここでインタビューを受けても、後ろに著書がきちんと映り込むわ)
栞は、一歩後ろに下がり、完成した本棚を満足そうに眺めた。
書棚が充実すると、不思議と教授の部屋らしい雰囲気が漂い始める。
本を片付け終えた後は、机の上に残る書類をファイルに閉じていった。
栞はあらかじめ、洒落たペン立てやファイルなど、片付けに必要な事務用品を準備していたので、すべてそれらに綺麗に収める。
机の上が片付くと、広々としてすっきりした空間が現れた。
濡れた布巾で机を丁寧に拭き上げると、まるで別の場所に生まれ変わったかのようだ。
栞はさらに、持参していた可愛らしい多肉植物の鉢植えを机の上に置きアクセントにした。
窓辺にはすでに観葉植物が置かれていたが、机にも置くことでより落ち着いた雰囲気を作り出せるだろう。
続いて栞は、窓辺の植物たちの手入れをした。
燦々と陽を浴びている植物たちは、以前と変わらずとても元気そうだ。
「先生、机回りは終わったので、戻ってきても大丈夫です」
「お、サンキュー!」
パソコンを抱えて戻ってきた直也は、見違えるほど綺麗になった机回りを見て感心した。
「すごい! 全然違う! 栞ちゃん、センスあるなぁ」
「ありがとうございます。でも、まだまだこれからです!」
栞はにっこりと笑みを浮かべながら、今度はコーヒーメーカーが置いてある棚へ向かった。
棚の上を丁寧に拭き、袋に入ったままのミルクやシュガーを用意してきたバスケットに入れる。
こうしておけば、使い勝手がいいだろう。
棚の作業を終えた栞は、次に応接セットの掃除へと移った。
埃がうっすらと積もったソファを綺麗に拭き、ローテーブルの天板ガラスをピカピカに磨き上げた。
最後に、直也の上着や私物が置かれている場所を整えてから、片付けはほぼ終了した。
片付いた部屋を満足そうに見回しながら、栞は少し考え込む。
(何か足りないなぁ……あ、そうだ! あれを置かないと!)
そう思った栞は、持参していた袋からマスコットのぬいぐるみを取り出し、直也の背後の本棚へちょこんと置いた。
そのぬいぐるみは、『ムーミン』に出てくる『スナフキン』だった。
栞がスナフキンを選んだ理由は、直也が初めて彼女を診察したときのことがきっかけだった。
あの時、真剣に栞の話を聞いてくれた直也の姿勢が、ムーミンの悩みに寄り添うスナフキンの姿に重なったのだ。
もちろん、それだけではない。
自由気ままなところや顔の雰囲気も、直也に似ている気がした。
そこで栞は、自宅にあったスナフキンのぬいぐるみを持参し、書棚に飾ることにした。
そのスナフキンのぬいぐるみは、以前栞が綾香と訪れたムーミンテーマパークで購入したものだ。
本当は期間限定の等身大のぬいぐるみが欲しかったが、まだ学生の栞には手が出ない値段だったので、代わりにこの小さいぬいぐるみを選んだ。
その大切なスナフキンを、栞は惜しげもなく直也に一時レンタルすることにした。
書棚にちょこんと座るスナフキンを見て、栞の頬が綻ぶ。
こうして、すべての片付けが終わった。気づけば、窓の外はすっかり薄暗くなっていた。
「先生、終わりました。机の中など細かいところは、ご自分でお願いします」
それまで仕事に集中していた直也は、栞の声に顔を上げ、研究室内を見回した。
そして、整然と片付いた室内に目を見張ると、感嘆の声を上げた。
「おおっ、栞ちゃん、すごい! 随分綺麗にしてくれたね……」
その時、直也は本棚にちょこんと座るスナフキンのぬいぐるみに気づいた。
「これは?」
直也が不思議そうに尋ねると、栞はにっこりと微笑んで答えた。
「それはアクセントに置きました!」
「なるほど……例のテレビ映えってやつか!」
「そうです」
「でも、何でスナフキンなの?」
「先生のイメージにぴったりだからです」
「ハァ? でもさぁ、『スナフキン』って確か自由と孤独を愛する旅人じゃなかったっけ?」
「先生、よくご存じですね。確かにそうですけど、彼はいつもムーミンの相談に乗って、問題解決の糸口を見つけてくれるんです。それって先生に似てませんか?」
栞が当然のように説明するのを聞きながら、直也はキョトンとした表情を浮かべていた。
しかし、その後ふいに「プハッ!」と笑った。
「なんで笑うの?」
栞は頬をぷくっと膨らませ、少し怒ったように聞いた。その表情を見た直也は、怒った顔の栞も可愛いなと心の中で思っていた。
「ごめんごめん、悪かったよ! でも、このぬいぐるみって君の私物だろう? ここに置いちゃっていいの?」
「取材が終わったら返してもらうから大丈夫です!」
「そっか。これって、ムーミンのテーマパークで売ってるやつ?」
直也がテーマパークのことを知っていたので、栞は驚いた。
「ええ、そうですけど……」
「誰と行ったの?」
「え?」
「だから、ムーミンのテーマパークには誰と行ったの?」
「え……友達とですけど……」
「女友達?」
「はい……」
栞は、直也がなぜそんな細かいことを聞いてくるのか不思議に思った。
そして、少し考えてからこう付け加えた。
「その時、本当は等身大のスナフキンを買う予定で行ったのですが、高すぎて買えなくて……で、その子にしました」
「本当はでっかいスナフキン欲しかったんだ?」
「はい」
「だったら、今度一緒に行く?」
「えっ?」
「ムーミンのテーマパーク、好きなんだろう?」
「はい……でも、先生とですか?」
「うん。この部屋を綺麗にしてもらったお礼ってことでさ! もしデカいスナフキンが売ってたら、それもプレゼントするよ」
「えっ? 本当ですかっ?」
栞は嬉しさのあまり、大きな声で返事をした。
直也は、本棚にあるスナフキンのぬいぐるみを手に取り、興味深そうに眺めた。
そんな直也を見ていた栞は、なんだか身体がフワフワと浮いているような、不思議な感覚に包まれていた。
そこで直也が栞に尋ねた。
「今日はバイトは?」
「え? ありません」
「じゃあ、どっかで飯でも食って帰るか」
「え?」
「腹減ったろう?」
「あっ、はい……」
「今日は車で来てるんだ。一緒に出ると目立つから、先に行って待っててくれる? 正門前のコンビニ裏にある、黄色い看板のコインパーキングだ。そこで、待ってて!」
「……はい……」
「じゃあ後でね」
「は、はい、失礼します」
栞は、まだ身体がフワフワと浮いているような感覚のまま、荷物を手に研究室を後にした。
コメント
21件
.+:。 ヾ(◎´∀`◎)ノ 。:+.ヤッター♪直也先生、さりげなくデートのお誘い....😎👍️💕💕 初デート、楽しみだけれど....👩❤️👨🚙💕 変な邪魔が入りませんように🙏
瑠璃まり先生〜もう一度読んでたら‥デカいナフキン?! 直也せんせー→栞ちゃんにプレゼント🎁するよ! 先生〜🤣🤣🤣🤣🤣🤣
サラッとデートのお誘いお見事です🥰