テラーノベル
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「お前…………もうラッパを吹きたいとは思わないのか?」
侑から唐突に質問された瑠衣が、きょとんとした表情を浮かべた。
「え?」
「いや、半月ほど前から東京総芸大と立川音大で、それぞれ週二日、レッスンしに行っているんだが……」
「大学の先生が、こんな如何わしい場所に来ていて大丈夫なんですか?」
「それとこれとは話が別だ」
言いながら侑は白磁の首筋に唇を這わすと、小さな耳朶を唇で挟み、舌先で舐めながらリップ音を立てた。
侑が娼館へ訪れるようになってから二ヶ月ほどになるが、毎週のように来館し、瑠衣を抱いている。
変わった事といえば、互いの正体が判明して以来、行為の前におしゃべりする時間が少しだけ増えた事だ。
「ただ、俺は七月に帰国した時、小中学校の同級生に知らせた以外、誰にも教えてないんだがな。大学関係者は、いつどこで俺が帰国したのを知ったのかが謎だ」
(まさか…………)
侑に一抹の不安が過るが、気掛かりになった事を慌てて消去する。
「私がここで監視されているように、響野先生も音大関係者に監視されているのでは?」
『監視』という言葉に、彼は一瞬怯んだような表情を見せたが、瑠衣が冗談半分でニッコリしながら言うと、侑は彼女の身体を抱き寄せて耳元で囁いた。
「…………バカな事を言うな。で、本題に戻す。九條は、またトランペットが吹きたいとは思わないのか?」
「…………」
瑠衣は困惑した表情を映し出すと瞼を伏せた。
「九條?」
侑は彼女を更に抱き寄せながら顔を覗き込む。
こんな事を冷徹な師匠がするなんて思いもしなかった瑠衣は、顔が熱っていくのを感じた。
セックス以外の時に、こんなに間近で顔を見られて、かなり赤くなっているに違いない。
瑠衣は勘違いしそうになってしまう。
とはいえ、この部屋は監視カメラが仕込まれているし、これから行為をすると見せかけて侑が態と演技したのかもしれないが。
「先生と再会してから、また吹いてみたいな、と思う事は時々あります。でも今の私は自由がないし、ここで音出ししたら迷惑だし。でも先生から頂いた楽器は、自室に置いてありますよ。今では私のお守り代わりですが」
全てを諦めた表情を浮かべて、彼女はため息をハァッと大きく吐いた。
「それよりもまずは…………借金返済……しなきゃ……」
曖昧な笑みを作りながら答えた瑠衣に、侑にやり切れない思いが込み上げていくのを感じていた。
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