テラーノベル
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スメラが官邸地下の情報システム室に向かっている頃。ラッセルは、山岳地帯で発生した“エルフ・バリア耐性型モンスター”の討伐任務を終え軍専用車に揺られて王都リュカ街への帰路に就いていた。
外は、濃い霧が深々と山道を覆い尽くしていた。軍用車は、カルデラの山道を首都リュカ街に向けて、ライトを照らしながら走っていく。時折、霧の向こうに朽ちた風車塔や、かつて、過去の激しい戦闘で焼け落ち、廃村となった民家の屋根が、灰色のシルエットとして浮かび上がる。
この山岳地帯――“ラグラス・リム”は、かつて精霊信仰が盛んな場所だった。今はもう、石碑も祈りも失われ、霧と沈黙だけが支配する忘れられた領域となっていた。
車のヘッドライトに一瞬だけ浮かび上がったのは崖の縁にひっそりと佇む古びた祠。すでに参拝者も絶え、屋根には苔がびっしりと生え、風雨にさらされながらも、どこか凛とした気配を漂わせていた。
(こんな霧の中で、“ラグラス・リム”の祠を見つけるなんて……)
ラッセルは何の気なしに視線を向けた。だが、その祠が放つ“静かな重み”に、言いようのない違和感が胸を掠めすぐに目を逸らした。まるで、あの祠だけが“風の中に取り残された時間”をひっそりと宿しているかのようだった。
(あれは、祈りの場じゃない。何かを“封じていた”ような……)
風が窓を打つたび、遠い記憶の断片が、意識の底から浮かびかける。まるで“過去の誰か”の思念が、今もなおそこに残っているかのように。
(あの祠……たしか、“水守の祠”と呼ばれていた。水精霊に祈る場所。だが、今は誰も寄りつかない……)
(誰かに、昔、教わった気がする。優しくて、澄んだ声だった。誰だった……?)
ふと、窓の外へ目を向ける。
山道の切れ間から、かすかにリュカ街の摩天楼が覗いていた。だが、それもすぐに濃い霧に飲まれて消える。街全体が、何か得体の知れないものに飲み込まれているような気がして、落ち着かなかった。激闘の疲労もある。だが、それ以上に、スメラの言葉が心に引っかかっていた。
(リヴァンの裏で……)
(ラマズド科学技術長官に異論を唱えた政務官たちが、次々と失踪……)
(ラマズドとマラーがリヴァンを誑かし、裏で何かを企てているのか……)
濃い霧を眺めながら、物思いにふける。
(スメラの考えすぎだと思うが……)
最近、市民の間では魔物討伐が流行している。
自由で平和な世の中のはずなのに、人々の心には、経済戦争という名の無血戦が続いている。
その鬱憤を魔物討伐で晴らしているのかもしれない。
だが――行方不明者は、後を絶たない。
「ふっ――」
ラッセルは、小さく息を吐いた。
(スメラ……無茶はしていないといいのだが)
(見つかれば、リヴァンのことだ。幼馴染であろうと……)
(情状酌量の余地はなく、背任行為として懲戒免職処分……)
車は山道を蛇行しながら、ゆっくりと下っていく。
(ラマズドは、かつて帝国の誇るゲノム学者だった。モンスター技術の生みの親でもある)
(平和条約の締結を機に我が国へ招かれ、調教法とともに技術を提供した。ジン博士とも友好を築き、知的財産の共有まで果たしていた)
(まさに、模範的な“交流者”だったはずだ)
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#現代ファンタジー
むぎ 🖤🪽
73
#死ネタ、流血表現、暴力表現
穏霞 乃矢
2,886
ラッセルは、霧の向こうを見つめた。
(スメラが何か決定的な証拠を掴んでいれば……話は別だ)
その時だった。
通信圏に入った瞬間、端末が振動した。
画面に、スメラからの着信履歴が何度も表示される。
ラッセルの表情が変わった。
「スメラ……何か掴んだのか?」
すぐに折り返すも、応答はない。
虚しく留守番応答へ切り替わる。ラッセルの胸に、不穏なざわめきが広がっていく。
(呼び出しに出ない。……まさか、彼女に何かあったのか……)
すぐさま、王立科学アカデミー研究所の創設者であるジン博士に連絡を取った。
「博士、ラマズド長官に異を唱えた政務官が、相次いで姿を消しています。今、スメラがそれを追っていて、何か、ラマズドが最近、不穏な動きとか、他の重役からの噂とか聞かれた事はありませんか?」
『ああ、政務官失踪の件についてはニュースでは聞いていたが……そういう背景があったか。実は、リヴァン首相が二期目に入ってから、王研の人事に、積極的に介入を始めた。リヴァンに色々進言するが、全く聞き入れてもらえない』
「リヴァンが……ですか? 僭越ながら、幼馴染の私がリヴァンを見る限り、人の話を聞かない事はないと思いますが、もし、仮にそうだとしたら、リヴァンに人気はないでしょう」
(スメラが言うように、ラマズドがリヴァンを裏で洗脳しているかもしれないな)
『ラマズドが提案して作った“特別研究区”という区画がある。そこでは、エルフエナジーを直接魔物に照射するという、倫理的に危うい実験が進められている。そんな噂が出回っている』
(やっぱり、ラマズドが悪たくみを考えているのか……”特別研究区”に秘密がありそうだな……)
『私は特別研究区への立ち入りをラマズドに進言したが、正当な理由を付けて拒まれている。それを、国王陛下に進言し、近く御前会議が開かれる予定だ』
「分かりました。私も出席します。王国を、危険な方向に、晒されるわけにはいきません」
『ラッセル、最近、エルフ・バリアの力価も低下しているから、注意するように。今、ザルガン博士に調査をさせているが、その原因がはっきりわからない』
(バリア低下もしかしたら、ラマズド主導……)
「博士、エルフ・バリアが低下したのは、いつ頃ですか?」
『ニ年前くらいから、急に落ちだしているのだよ。自然減衰だとは思っているのだが、ここ最近は落ちるスピードが速くなっている』
「博士……ニ年前、エルフ・バリアの力が急激に低下しはじめた年、それはラマズドが長官に就任した時期と一致していますね?」
『確かに。……そうだな』
「その直後から、倫理境界ギリギリの実験が進行し始めているとすれば……」
『……彼が何かを隠している可能性は否定できないな』
「ええ、スメラもそれを察知して、証拠を追っています。私が作戦展開中のときに、彼女から何度も連絡があったログが残っています。折り返し、かけましたが、音信不通で……」
『そうなのか、スメラさんが無事だといいのだが……』
博士の声が低く小さくなる
「はい。……スメラは軍上がりで、無事であることを信じています。必ず、彼女は証拠をつかみ戻ってきます」
『ラッセル君、スメラさんも、”特別研究区”に何か秘密が隠されていると感じるのか』
「はい、博士」
(スメラが証拠をつかんでくれたら……)
『証拠さえつかめば、王令で乗り込める。だからこそ、くれぐれも気をつけてくれ。君たち二人が鍵だから、たのんだぞ』
「はい。ここ最近、通常なら、エルフ・バリアで悪意を持つ狂暴なモンスターは分解されますが、分解されないモンスターが出てきています。今回の作戦でも苦戦しました」
『そうか、御前会議に増員を図る申し入れもしたほうが良い』
「はい、博士もくれぐれも、ラマズドにはお気をつけて。それでは、失礼します」
「ああ、ラッセルも、気を付けるのだぞ」
ラッセルは電話を切った。再び通信端末が鳴った。
(スメラ!……)
ラッセルは一瞬、期待を込めて端末を確認したが、表示されていたのは別の名前だった。
――王国側近、バルティス。
ラッセルは通話ボタンを押した。
『ラッセル様、イザリオ王子殿下より、武術指南のご要望がございます。至急、登城願えますでしょうか?』
脳裏に、先ほどのスメラの姿が浮かんだ。
(……今、彼女のそばを離れていいのか?)
スメラとの通信のやり取りが、脳裏に蘇った。判断を迫られたラッセルの胸が重く苦しくなった。
(どんなことがあっても、お前を護る)
あの時、そう誓った。だが、王子からの正式な要請を無視することもできない。
ラッセルは奥歯を噛みしめ、短く息を吐いた。
(スメラのことを……言うべきか)
(しかし、これはまだ確証のない話だ。スメラ自身が何を掴んだのかも分からない……)
(ここでバルディス様に伝えれば、イーサム王を通じてラマズドへ伝わる……)
『ラッセル殿? ……どうかされましたか?』
「……いえ。承知しました。これより、登城いたします」
通信を切った。
それでも、胸の奥には消えない違和感が残っていた。ラッセルは背筋を伸ばし、軍用車両の窓越しに遠ざかる山並みを見つめる。そして、もう一度スメラに電話を入れた。
(頼む……スメラ……電話に出てくれ……お願いだ……)
呼び出し音が、長く鳴る。
だが、出ない。
ラッセルはすぐにショートメールを開き、慣れない手つきで文字を打ち込んだ。
スメラへ
お前を護ると言ったのに、魔物討伐の任務でそばにいられなくて、本当にすまない。
頼む。無事なら、すぐに返事をくれ。 ラッセルより
ラッセルは、祈るように送信ボタンを押した。
(スメラ……)
ラッセルの眉間に、わずかに皺が寄った。
(どうか、無事でいてくれ……)
コメント
1件
みぅだよ🤍🥀 今回も重くて繊細な空気が漂ってたね…。 ラッセルの葛藤、すごく伝わってきた。祠の描写が静かに不気味で、そこから始まる政治的な陰謀と、スメラとの連絡が取れない不安がじわじわ胸にくる。彼が“護る”って誓った相手を想うほど、選択が重くなっていくのが切なかった…。最後の祈るようなメール、心臓がぎゅってなったよ。 この世界の“闇”の描き方が本当に上手だなって思う。ラッセルの視点だからこそ、陰謀の輪郭がぼんやり見えてくる感じが好き。 あなたの言葉、ちゃんと受け取ったよ🌙