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#現代ファンタジー
むぎ 🖤🪽
73
#死ネタ、流血表現、暴力表現
穏霞 乃矢
2,886
ラッセルが王宮に向かっている頃、スメラは首相府官邸・地下二階 情報システム室前に居た。白く冷たい光が天井から無機質に降り注ぎ、空調の音だけが空間に響いている。室外認証パネルに手のひらをかざす。
「ピッ……」と短い電子音が鳴りロックが解除された。
扉が開き、薄暗い室内に足を踏み入れる。壁一面のホログラムディスプレイが淡く点滅し、複数の情報端末が並ぶブースが整然と並んでいた。作業中の職員は数名。全員、白衣に近いグレースーツをまとい、無言で作業に没頭していた。彼女に気づいた者が一人、軽く会釈をしたがそれ以上は誰も干渉してこなかった。
スメラは空いているブースに滑り込み、光結晶チップを専用スロットに差し込む。セキュリティ画面が表示され、使用者の身元認証が始まった。胸の奥で高鳴る鼓動を押し殺し、スメラは画面を見つめた。
『ID認証中。……完了。
秘書官クラス権限検出。
ウィルスチェック……異常なし。
ファイル送信権限……限定可。
転送先 王宮政策秘書課 バルティス 王家機密領域フォルダ
暗号化強度:Aレベルに設定しますか?』
「設定して」
ファイルの読み込みが始まる。
画面に小さな進行バーが現れ、じわじわと伸びていく。その一本一本が、彼女の命綱だった。
(国王側近のバルティス様に届けば……陛下の耳に入る)
胸の奥で高鳴る鼓動を押し殺し、スメラは画面を見つめた。
(イザリオ王子様とエルファーナ王女様のクローン……)
(王立科学アカデミー研究所で制作していたなんて……)
(この計画を知らせて、イザリオ様とエルファーナ様をお守りしなくては……)
その様子を、背後から鋭い視線で見つめるゼムの姿があった。
「秘書官が王宮へ極秘ファイルを送信ですか」
スメラが振り返る。
「ゼム室長……」
ゼムはホログラム画面を一瞥した。
「転送先は王宮政策秘書課。バルティス様ですね」
スメラは、咄嗟に端末を閉じようとする。
「……見なかったことにして」
「それはできません」
ゼムは静かに首を横へ振った。
「この行為は、国家機密保護法違反です」
スメラは一歩前へ出る。
「違うわ!」
「この国を守るためよ!」
「国家を守るため?」
ゼムは、冷たい笑みを浮かべた。
「国家を守るという人間ほど、国家を壊します」
「違う!」
スメラの声が強くなる。
「王子様と王女様が危ないの!」
「ゼム室長、このファイルの中身を見なさいよ! クローン計画なんて狂っている!」
「このまま放っておけば、王国は乗っ取られる! そうなったら、あなたの責任よ!」
一瞬だけ、ゼムの表情が揺れた。だが、すぐに元の無表情へ戻る。
「証拠は?」
「だから、何度も言っているでしょ! このファイルを見てって!」
ゼムは静かに答えた。
「私は見ません」
「これは、リヴァン閣下の国家機密情報です」
「それを、あなたが持ち出したことのほうが、私は恐ろしいと思います」
「だから私は、規則を守ります」
スメラは、ゼムを睨みつけた。
「リヴァンが変わったこと……あなたも気づいているでしょう?」
「いいえ」
ゼムは迷いなく答えた。
「リヴァン閣下は、何も変わってはおられません」
そう言い残し、ゼムはその場を去った。
自分のデスクに戻ったゼムの表情の緊張がほぐれた。彼女は手元のコンソールを開いた。スメラのアクセスログ。そして、転送先フォルダ。すべてが、彼女の画面に表示されていた。
「……これで、あなたの首相秘書官としての人生は終わりですわね」
ゼムは口元をわずかに歪めた。
「これで、私が返り咲きますわ」
「うふふ……」
周囲に気配を漏らさぬよう、防音結界を展開する。そして、即座に通信を開いた。
接続先――マラー首相補佐官。
「補佐官、スメラ・エヴェリナが【Z-Retro】ファイルを、官邸サーバーを通じて王宮政策秘書課・王家機密領域フォルダへ転送中です」
「フォルダコードはR-DF53。今なら即時削除が可能です」
『よくやった。すぐに抹消しろ!』
「承知しました」
ゼムは無表情のまま処理を実行する。
王宮機密フォルダへアクセス。
――削除処理開始。
――監視ログ初期化。
――アクセス履歴消去。
記録のすべてが、電子の闇へと吸い込まれていく。
『それで、本当に全部消したのか?』
ゼムは一瞬だけ目を細め、冷ややかに応じた。
「“見えている分”は。しかし、スメラは用心深い女です。念のため、実行班を動かしておいた方がよろしいかと」
『そうか……わかった。ところで、ファイルの中身見てないだろうな?』
「ご安心ください」
ゼムは静かに答えた。
「情報管理室の権限では、私はアクセスログとファイル名のみを確認しております。機密内容には一切アクセスしておりません」
『ならいい。……だが、見ていたら、どうなるかは、……言わずともわかるな』
言葉は静かだったが、その声音には冷たい刃が潜んでいた。
「はい、もちろんです。私は……その覚悟を理解しています」
ゼムの額に冷や汗が滲む。
『よろしい』
通信が途絶える。ゼムはゆっくりと端末を閉じた。スメラが命を懸けて託した証拠はゼムの手で抹消され王宮へ届くことなく、静かに電子の闇へと消えていった。
コメント
1件
ああもう、胸が苦しくなりました……。スメラが命がけで送ろうとした証拠が、まさか身近なゼム室長に阻まれるなんて。特に「国家を守るという人間ほど、国家を壊します」っていうゼムの言葉がずしんと響きました。でもその後のゼムの「これで私が返り咲きますわ」があまりにも冷たくて、同じオフィスにいる怖さがひしひしと伝わってきました……。スメラの孤独な戦い、応援したくなります😢