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そこはただ真っ暗な世界だった。
四方上下どこを見回しても、どこまでも闇が広がっている。
それなのに、僕自身の身体ははっきりと見ることができた。
手もある。足もある。体もある。
服装はいつも着て寝るパジャマのままだ。
僕はその闇の中で、けれど不思議と恐怖を覚えなかった。
恐らく僕は、ここに来たことがある。
それは遠い昔の記憶。
たぶん、まだ物心つく前の――
僕はこの闇が『夢』であることを理解していた。
かつて魔法使いは夢の中を行き来して連絡を取り合っていたという。
ここはその回廊。
かつて、多くの魔法使いや魔女たちが行き来していたのであろう夢の路。
僕がこの路のことを知っているのは、楸古書店の片隅に設けられた魔術書の棚の中で、ここに関することの記述された古い書物を読んだことがあったからだ。
そしてもうひとつ、僕がここに来られた理由。
それは、僕もまた魔法使いだからである。
この事実を知っているのは、ごく少数だ。
ごく親しい友人数人だけ。
真帆ねえにも、茜さんにも、もちろん下拂さんにもこの事実は秘密にしている。
たぶん、それを口にする必要はないし、口にすることによって明るみにすべきではないであろう真実まで掘り起こされそうな気がしたからだ。
友人たちにも、この事実を真帆ねえたちには絶対に悟られないようお願いしている。
……もしかしたら、もうすでにこの事実を真帆ねえは感づいている可能性もなくはないのだけれども、それでも僕は口にしないことにした。
それでいいのだ。
知らなくていい真実なら、知らないままのほうがきっとみんな幸せだから。
それにしても、だ。
僕はもう一度辺りを見回した。
この真っ暗闇の中で、僕は果たしてどうしたらいいのだろうか。
まさか、このままこの夢から目覚めないということがあったりしたら……
闇の中に独りぼっちよりも、そっちの方が心配だった。
僕は一度心を落ち着けて、ゆっくりと目を閉じ、そして、開く。
薄暗がりの中に、ぼんやりと天井が見えた。
そのまま睡魔に飲まれるように瞼を閉じると、
「――なるほど」
僕の意識はふたたび夢の世界に落ちていた。
どうやら、いつでも起きることはできるらしい。
どうしていきなりこんなことになったのか全く分からないけれど、せっかくだから、一度周囲を散策してみるのもいいかもしれない。
始めてくる場所にもかかわらず、物おじしない自分に少しばかり驚きながら、僕は歩みを進める。
しばらく辺りを蛇行するように歩き続けて、見えない壁とかあったりしないか、どこかにドアがあったりしないか、そんなことを考えながら歩いているとやがて、
「……?」
闇のはるか向こう側から、何かの気配を感じたのだ。
なんだろう、と僕は首を傾げた。
邪悪な気配という感じはしない。
それどころか、とても懐かしい感じと――これは、なんだろう。
「うん。行ってみよう」
僕はひとつ頷いて、その気配の方へと身体を向け、一歩足を踏み出した。






