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「こ、ここが……人間界……」
《食料調達係》に任命されて、私は初めて人間の国へ足を踏み入れた。
それは本来、私たちのような“下級”が訪れることなど決してない場所――
だけど今、私の目の前には。
(し、新鮮な人間……)
街を歩けば、そこらじゅうに“獲物”がいる。
香りが強くて、肌のすぐ近くに血の気配があって……思わずヨダレが出そうになる。
「ど、どうしよう……」
だけど――私は来るとき、何も教えてもらっていなかった。
どこへ行き、何をし、どう“調達”するのか……わからない。
さらに……
「あ、暑い……気持ち悪い……」
太陽の光が、皮膚を焼く。
ジリジリと、体が溶けていくようで、ただ立っているだけで吐き気がする。
(これが……“日光”……)
重たい頭をかかえて、ふらふらと歩道をよろめいていたその時だった。
「お姉さん、大丈夫かい?」
ふと顔を上げると、そこには心配そうにこちらを覗き込む男の人が立っていた。
「は、はい……」
「熱中症か? 俺の家が近いから、ちょっと寄っていきな?」
優しい人間だ。
そう思い、私はついていきました。
家に入ると、彼は背後で“カチャ”と鍵を閉めました。
隠す様に鍵を閉める理由はあるのでしょうか?
「おい、お前ら。こいつ、どう思うよ?」
家の奥から現れた、男たちが三人。
私をジロジロと見て、にやにやと笑っています。
「おー、いいじゃん。ムチムチで色気あるし、いかにもって感じじゃん。どこで拾ってきたんだ?」
「そこらで一人でフラついてたからさ、声かけたらホイホイついてきやがったんだよ。ハッハッハ!」
私は状況が飲み込めませんでした。
「あ、あの……」
「んだよ?」
「ど、どういうことですか……?」
「“どういうことか”だってよ、ハハッ。お前ら、教えてやれよ」
男たちは私の服に手をかけ、引っ張りました。
ビリッ……と、嫌な音がして、私は服を脱がされ裸になる。
「あ……っ!」
彼らが私と“交尾”をしたい事は理解しました。
でも、そんなことよりも!
「服を……破らないで!」
私が人間の姿になって、初めて買った服。
【スコーピオル】の裏通りで、貧乏な私が――必死に貯めたお金で、やっと手に入れた。
大切な、大切な大切な大切な大切な大切な、たった一つの、私の宝物。
それを――勝手に、汚されて、破かれて。
「な、なんだこいつ!」
私達吸血鬼が人間に変身した際になれる姿。
【オルビアル】――紫の肌に漆黒の翼、尻尾の先には毒針。
それが上級吸血鬼としての“本来の姿”。
私はゆっくりとその姿に変わりながら、目の前の男たちに言った。
「す、少しだけ……眠っててくださいね」
「ひ、ひぃ!」
「ぎゃっ……!」
「ば、ばけものぉ……!」
叫び、逃げ惑う。
けれど無駄――私の針がほんの少し触れるだけで、彼らは順番に崩れるように床へと倒れていった。
……なんて、弱い。
毒をほんのり入れてあげるだけで、すぐに眠ってくれるんですもの。
最後に残ったのは、私の服を破いた張本人。
「お、お前は……何者なんだ!」
「あなたが知る必要ありません……“食料”さん」
怯えた目をしたその男の喉元へ、尻尾の針をやさしく――それでいて容赦なく刺す。
その瞬間、男は瞳を見開いたまま、力なく崩れ落ちた。
静寂が戻る。
「私の……服……」
破れてしまって上半身裸になってしまいました、悲しかったです……
しばらくその場に座り込み、呆然としたまま時間が過ぎていた。
……そのときだった。
ひらり、と空中から何かが舞い降りてきて、私の前に落ちる。
「……魔皮紙?」
それは見慣れた魔導素材。けれど、表面がゆらめいたかと思うと、淡い光を放ち始め、映像が浮かび上がった。
{ふーん、もう仕事してるの?やるじゃない}
そこに映っていたのは、美しいけれど冷たい笑みを浮かべた女の人だった。
「あなたは……?」
{私はあなたの上司よ。ほかにも“部下”はたくさんいるわ}
「は、はい……」
画面の中の女はまるで笑うように目を細めると、言葉を続けた。
{《食料調達係》として、ちゃんと働いてね?まずは“リスト”を送るわ}
「リスト……ですか?」
{そう。あなたたちの任務は、そのリストに載っている“条件”――年齢、体格、性別、血液質――を満たした“食料”を選び、ここに送ること}
「…………」
{送り方はあとで教えるわ。だから……いい子でがんばってね?}
「は、はい……」
____
______
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「それで私は……リストに従って、人間を襲っていました……。そして、次のターゲットは……若くて、肉体が引き締まった人間……だったので……その……あのスクールに、入学して……」
「…………うん、君が仕事として仕方なくやってるのは理解した。でも……人間として、僕は君に同情できないよ」
「は、はい……」
「それで、どうして僕らは“食料”じゃなくて、“殺される”対象になってるの?」
「それは……」
その瞬間。
すひまるの言葉が、ぷつりと途切れた。
……いや、違う。
言葉どころか、すべてが、止まった。
「すひまる……さん? ルカ……? どうしたの……ルカ!」
振り返っても、ルカもまた、指先ひとつ動かさず、彫像のように固まっていた。
空気が……凍るような感覚。
呼吸の音、風の気配、床の軋みすらも消えた。
世界から“動き”という概念が、ごっそり削り取られたような静寂。
……まるで、世界そのものの【時】が止まったみたい。
「な、なにこれ……!? なんなの……!?」
心臓が跳ねた。
本能が言っている。
【奴】が“来る”。“近づいてくる”。
……そう、【身体】が勝手に理解していた。
俺は、セミマルが眠る押し入れへと、反射で身を滑り込ませた。
セミマルも止まっている。
音が消えた世界。鼓動の音さえも、今は遠くで鳴っているようだ。
そして。
ガチャリ。
止まっているはずの玄関の扉が、ゆっくりと、まるで時間の支配者のように開かれた。
――来た。
そこに立っていた【誰か】は、ただひとこと。
「ふむ、ここに『女神』が居ると思ったが……居るのは、部下だけか」
来たのはアオイ達が転移してきた時__王座に座っていた吸血鬼の王だった。