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空気が凍りついたかのような時間が流れる。
(え、今の……夢猫ちゃん……?)
いつもの配信で見てる姿とは違う冷たい声、冷めた表情。さっきまでの怯えていた夢猫ではなかった。
(どういうこと……?)
そんな俺の気持ちとは裏腹に、視界に四角いウインドウが一斉に流れていく。
『は? 男……?』
『ちぇっ、彼氏いるのかよ。つまんね』
『男は死ね!!!帰れ!!』
チラリとコメントを横目で見つめる。
(コメント……?)
それは、紛れもなく現実世界の夢猫のリスナーだった。
(あー……俺、歓迎されていないな)
でも、毎日浴びている課長の嫌味に比べれば、こんな罵倒は挨拶みたいなもんだ。
(違う、そうじゃない)
(放っておいたら夢猫ちゃん死ぬかもしれないんだぞ!? 画面の向こうの安全地帯で石を投げて。お前らに何ができるんだよ!?)
「俺は真守。夢猫ちゃんを助けに……」
言いかけると、大きな地響きの音が背後から鳴り響く。 背筋を冷たい汗が伝う。 背後に、あの化け物がいる。
そして、目の前の夢猫はやけに冷静だった。
夢猫はさっきまで震えていたのが嘘のように、スッと表情を消した。
その目は俺ではなく、空中に浮かぶコメント欄だけを陶酔したように見つめている。
氷のように冷たい目をこちらに向け、言い放つ。
「これはね、配信なの。みんな夢猫を見てる……」
「は……?」
「この人たちは、夢猫を愛してくれてるんだよ」
『そうだそうだ! 俺たちは夢猫を愛してる』
『男なんて見たくないw消えろ!!』
『は? 初対面? ストーカー???』
またコメントが流れる。
(……まぁ、そうだよな)
俺がまだ画面の向こうにいたら、同じように石を投げていただろう。
俺が全方面から歓迎されていなくても、今夢猫ちゃんを救えるのは俺しかいない。
「この配信は、私の居場所。観客《リスナー》は皆、私を愛してる」
「配信……? いや、それどころじゃないだろ、このままだと死ぬぞ!?」
俺は力の限り叫ぶが、闇のように深い瞳に吸い込まれただけだった。背後の触手が蠢いている。
一本の触手が夢猫を狙って突き出してくる。
「危ないっ!」
「きゃっ!」
俺は渾身の力を振り絞って夢猫を突き飛ばした。
間一髪のところで夢猫は触手の攻撃を免れたが、代わりに俺の左足に絡みついてきた。
「!?」
気づくと俺は宙に浮いていた。
勢いよく視界が飛び、そのまま地面に叩きつけられた。
「がはっ……!」
衝撃と共に息が吸えなくなり、視界が揺れる。
目の前には夢猫がいた。
揺れる視界で大好きな人を見つめる。
(ここで俺が死んだらどうなる……? 夢猫ちゃんまで殺されてしまうのか?)
痛みも苦しみも全て飲み込んで立ち上がる。
口の中が血の味でいっぱいだ。
それでも、立ち上がらないといけない。
(大好きな、夢猫ちゃんのために……!)
すると、再び視界にホログラムが現れて中央に大きく表示された。
『固有スキル【傾聴者の守護《ガーディアン・オブ・リスナー》】習得しました。起動にはコメント獲得が必要です』
「スキル? 起動ってなんのことだよ!」
再度、魔物の巨大な触手が振り下ろされる。俺は反射的に夢猫の手を掴み走り出す。
触手はムチのようにしなり、俺と夢猫の付近の地面に叩きつけられる。
地面はえぐられ、砂煙を上げながらボロボロと崩れ落ちる。
「こんなの、当たったら死ぬだろ……!」
ゾッとする俺の気持ちと裏腹に、コメントは茶化すように流れていく。
『ストーカー死ね消えろカス!!』
『男だけ触手にやられろ!』
『夢猫ちゃんに触れるな!!!!!』
『触手頑張れ! やっちまえ!!!!』
(俺のアンチ、多くね……?)
視界の隅に表示された、ホログラムのゲージが急激に上昇していく。
『コメント受信中……充填率:40%……68%……』
(……なんだこれ? 罵倒されているのに、数値が上がっていく……?)
手を掴まれた夢猫は、不思議そうに問いかけてくる。
「逃げてどうするの? 配信中だよ? 逃げたら、誰も夢猫を見てくれなくなっちゃうじゃん!」
「バカか! 逃げなきゃ死ぬんだよ!」
「……死んでもいいって、夢猫が思っていても?」
「あぁ、ダメだ。俺が死なせない!」
俺は夢猫の手を掴み、めちゃくちゃに走った。
「はぁ……はぁ……くそっ!」
何年もデスクワークでなまりきった体に、泥だらけのスーツと革靴だ。
(体が……重すぎる……!)
肺が悲鳴を上げ、痛いくらいに空気を求める。足が鉛のように重くなってくる。
「はぁ……はぁ……」
足がもう限界だ。
夢猫も同じように肩で息をしている。
角を曲がると、そこは行き止まりだった。
逃げ場を塞ぐように、暗い岩壁が目の前に立ちはだかっていた。
「……クソッ」
「終わりだね、真守くん」
夢猫の声は、こんな状況なのに楽しそうに弾んでいる。
「終わりじゃねぇよ……!」
振り絞るような声に、夢猫がビクっとする。
「俺はずっとブラック企業で働いて……何の生きる意味も見いだせずに生きてきた……」
肩で息をしながらも、何とか声を振り絞る。
「そんな中で出会ったのが夢猫ちゃんなんだ。あの配信でいつも俺を幸せにしてくれた。生きる意味を見出してくれたんだ……」
「……真守くん」
夢猫の表情が少しだけ明るくなった。居場所を見つけたかのように。
『何、告白してるんだよw』
『ストーカーはキモい社畜だった件』
『魔物早く来て!!! やっちゃって!!!!』
視界に映る四角いコメント欄が、一斉に流れていく。 もはや滝のように流れ、一つ一つを読み上げることはできない。
自分に向けられた視線。そして言葉。
その一つ一つが、刺さるようにも支えるようにも感じられる。
そう、今までは俺もあの中のコメントの一つだった。
「逃げないなら……俺が守るしかないだろ!」
叫んだ瞬間も、コメントは、俺の心を無視して目にも止まらぬ速度で流れていく。
『お前に守れるわけないだろw』
『夢猫ちゃんに触れるな!!!!!』
『触手頑張れ! やっちまえ!!!!』
悪意ある言葉が流れるたびに、ゲージは満タンに近づいていく。俺に向けられた殺意が、ゲージを赤く染めていく。
すると、突然目の前にまた大きなホログラムが映し出される。
『コメント受信。充填率:100%』
(なん、だ……?)
『固有スキル【傾聴者の守護《ガーディアン・オブ・リスナー》】準備完了。いつでも起動できます』
(守護……?)
(考える間もなく、大きな触手が勢いよく迫ってきた。)
(そういえばコメント獲得が必要とか出ていたような……?
(準備完了ということは、何かできるってことだろ!?)
俺は立ち上がり、手をかざした。
すると、滝のように流れるコメントが光の粒子となり、壁になっていく。
「これは……盾?」
青白く輝く大きな盾だった。
『傾聴者の守護《ガーディアン・オブ・リスナー》』
(……盾、か)
剣でも、銃でもない。
野球部に打ち込んだ高校時代を思い出す。
(来る日も来る日もキャッチャーミットを構えて、ホームベースを守り続けていた俺に……あつらえ向きのスキルじゃないか)
盾を手に取る。ずっしりとした重みが伝わってくる。不思議と、扱い方がわかる気がした。
構えろ。
腰を落とせ。
俺の体は、まだ守り方を覚えている。
俺の手の先でその盾が、触手たちの攻撃を完全に弾き飛ばした。
(ホームを目掛けて向かってくるスライディングに比べたら、軽い……!)
その衝撃が洞窟を揺らし、俺の腕にも伝わってくる。
一打一打が重く、衝撃で壁が崩れていく。
「うおおおぉぉぉぉぉぉ!!」
背後に、夢猫ちゃんがいる。
俺が大切な人を守れている。
その想いが、この攻撃を全身で受け止めていく。
――
真守の背後で、ぎらりと瞳が光る。
その瞳は恐怖ではなく、獲物を見つけた猛獣のようだった。
「……見つけた。夢猫だけの、特別な騎士様《ワンちゃん》」