テラーノベル
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「うおおおぉぉぉぉぉぉ!!」
目の前に現れた大きな盾が、暴れ回る複数の触手を防いでいた。
大切な人を守ることができる。
その喜びに、自分が強くなった気がした。
ガンッ! ガンッ!
凄まじい打撃音と共に、全身に伝わる衝撃。
触手は、俺の両腕をへし折ろうと襲いかかる。
盾を支える腕に衝撃が伝わり、骨が軋み、筋肉が悲鳴をあげていた。
奥歯を噛み締めすぎて、口の中に鉄の味が広がる。
「くっ……」
(重い……なんだよ、この化け物……!)
(……いや)
ふと、野球部時代の記憶が頭に浮かぶ。
体格のいいランナーたちのタックルをホームベースでブロックした時の方が、まだ殺意があった。
(逸らすな。体で止めろ……! 痛いのは、仕事だ……!!)
ブラック企業で心を殺し、グラウンドで痛覚を麻痺させてきた俺の人生が、今この瞬間のためにあったとしたら……皮肉なもんだ。
(でも、俺ならできる……!)
革靴のかかとを地面にねじ込む。
その時だった。
ギョロリと、触手についた目が動いた。正面からの攻撃が、一瞬だけ止んだ。
(……誘ってる?)
キャッチャーの習性が、警報を鳴らした。
バッターが内角を狙っているように見せて、外角へ踏み込む時の一瞬の目線のズレ。
今、魔物が見ているのは俺じゃない。
(俺の背後……夢猫ちゃんか!?)
気づいた瞬間、俺の体は考えるより早く動いていた。右側の死角から、一本の触手が鋭く伸びてきた。
(間に合うか……!? クソッ、鉛みたいに重え……!)
真夏の炎天下、重いプロテクターをつけたまま、ホームベースを死守したあの感覚。
俺の体は確かに覚えていた。
「させるかよっ!!」
俺は重い盾に振り回される勢いを利用して、強引に体を捻じ込む。そして彼女の前へ盾ごとスライディングした。
「ぐっ……ぅぅ!!」
重い一撃が、盾越しに脇腹へ突き刺さる。
骨が悲鳴をあげたが、俺は一歩も引くわけにいかなかった。
「きゃっ!?」
背後で、夢猫ちゃんが悲鳴をあげる。
俺は血の混じった唾を飲み込んで、魔物に向かって叫ぶ。
「夢猫ちゃんには、指一本触れさせねぇ……!」
その言葉に反応したのか、魔物が唸り声をあげた。
――
触手は疲れを知らないのだろうか。意志を持つ鞭のように、盾に向かって何度も何度も振り下ろされる。
踏ん張る足が、地面を踏み直す。
背後は冷たく湿った行き止まりの岩壁。逃げ場などどこにもない。
そして俺の後ろには、夢猫ちゃんがいる。
きっと恐怖で震えている。
「引く訳には……いかないんだ……!」
歯を食いしばり、薄れゆく意識をつなぎとめる。
盾が悲鳴をあげている。小さな亀裂が入り、そこから光の粒子がこぼれ落ちていた。
(嘘だろ……)
魔物を倒さない限り、いつかは盾が割れてしまう。
俺のスキルは盾を出すのみ。反撃の手段がない。
(どうする……どうすればいい?)
俺が必死に思考する間にも、画面端のコメント欄は流れていく。
『なんだよ、防いでいるだけかよ。地味すぎる』
『おっさんうぜー、夢猫ちゃん映せよ』
『緊張感ないなーそろそろ飽きたわ。他の配信行くわ。おつかれー』
コメントは、画面外の安全地帯で石を投げるように流れていく。
こっちは一秒ごとに死が迫ってくる恐怖で、心臓が破裂しそうなのに。
奴らにとって、俺たちの命は暇つぶしのコンテンツでしかない。
(自分も、少し前まで同じ立場だった……)
スナック菓子を片手に、安全な部屋からポチポチと画面をタップしている。
生か死か。そんなギリギリの状況で戦っている俺の気持ちなんて、1ミリも伝わっていない。
(……あれ?)
盾の色が薄くなっていることに気づいた。
視聴者数が減り、コメントが減っていくのと共に、色が薄く頼りなくなっていた。
「嘘だろ……力が、抜けていく……」
ガンッ! ガンッ!
触手が薄くなった盾に、何度も叩きつけられる。
ミシミシと音を立て、盾にヒビが入る。
(これ、やばくね……?)
盾を支える腕が、痛みで痺れてきた。
その瞬間、触手が大きく振りかぶる。
(もう……終わりだ……)
会社でも、いい成績を取れる方じゃなかった。
役立たずの自分に嫌気がさしてくる。
ガキィィィィ……!!
嫌な音が脳内に響く。目の前の光景がスローモーションのように感じられた。
必死に作り出した俺の唯一のスキルが、無惨にひしゃげていく。
会社での出来事が走馬灯のように、脳内に流れる――
深夜二時の静まり返ったオフィス。
冷え切ったコンビニ弁当と、デスクに積み上がった理不尽なノルマの山。
「お前、本当に使えないな」
上司の呆れ声と共に、書類が机に投げつけられたあの日。
誰も助けてくれない。誰も俺を見ていない。
ただ消費され、磨り減り、ゴミのように捨てられる毎日。
『無能』『使えない』『代わりはいくらでもいる』
会社で浴びせられてきた言葉と、盾が砕ける音が重なった。
(ああ、ここでも俺は……何の役にも立てないのか)
ガキィィィィィィィン!!
触手が盾に叩きつけられ、耳をつんざくような音を立てて盾が砕け散った。
「あ……ぁ……」
盾は小さな破片を残して、消えてしまった。
絶望と虚無感が広がっていった。
(もしかして、コメントが減ったから力が弱まったのか?)
全身の血がサーっと引いていく。
手元に残るのは、まな板ほどの小さな盾だ。
こんなもので攻撃を防げるはずもない。
改めてコメントの数を確認する。
先程までの勢いはなく、ポツポツと少しずつ増えるのみだ。
本当に飽きてしまったのか、ログアウトしてしまったのか。
(こんなコメント数じゃ、スキルを発動できない……!)
足がガクガク震える。
盾もない状態で、背後は行き止まりで。
もう為す術がない。
次に攻撃が飛んできたら……死ぬ。
そして、夢猫ちゃんも殺されてしまう。
何も出来ない。何も変えられない。
現実でもこの異世界でも、俺はただ消費され捨てられるだけの社畜でしかないのか。
(それなら……せめて夢猫ちゃんだけでも助かって欲しい)
俺は覚悟を決め、彼女に話しかけた。
「ごめん、夢猫ちゃん……俺が囮になるから、逃げて……」
振り絞った声が掠れていた。
すると、背後から冷めた声が聞こえる。
「……あーあ。みんな飽きちゃった。夢猫のために集まってくれたのに、薄情だなぁ」
「何を言ってるんだ? 夢猫ちゃん、危ないから早く……」
「飽きるの早すぎだよ。ここからが本番なのにもったいない」
彼女の声は、冷たいのに艶っぽかった。
恐る恐る振り向くと、彼女は俺のネクタイを掴み、強引に自分の方に引き寄せた。
そして、逃げ場を奪うように首に手を回してくる。絡みつく腕から伝わる体温が、脳を刺激する。
「……!?」
「もっと強い刺激を与えないと、みんな夢中になってくれないよね」
「夢猫ちゃん、一体何を……」
「ご褒美だよ、ワンちゃん」
「待っ……」
言いかける俺の言葉を、彼女の唇が塞いだ。
「んんっ……!?」
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