翌日、瑠璃子のシフトは午後からの出勤なので朝は思い切り寝坊をした。
いつもは慌ただしい朝なのでこうしてたまに朝寝坊が出来ると幸せな気持ちになる。
瑠璃子は昨日買っておいたパンで簡単な朝食を済ませると、家事をしてから夜食用に持っていくサンドイッチの準備をした。
それが終わると一息つく。
紅茶を入れてテーブルの前に座った瑠璃子はノートパソコンの電源を入れて『promessa』のページを開いた。
小説の新たな更新はなかったがエッセイの更新はあるようだ。更新時刻は午前1時だ。
瑠璃子は早速エッセイを見てみる。
『夜明けの空』
希望 奇跡 命 再会
夜明けが来るまで人々は祈る
明日がまた訪れるように
明日を無事に迎えられるように
夜が明けるまで祈り続ける
日常 生活 愛 永続
夜明けが来るまで人々は祈る
愛する人とまた逢えるように
愛する人と生きられるように
夜が明けるまで祈り続ける
僕の周りには夜明けを待つ人が常に溢れている
僕はその祈りを幻のまま終わらせはしない
僕はその祈りを現実に変えてみせる
瑠璃子はエッセイを読みそのフレーズに見覚えがあるような気がした。
自分は以前それと似た文面を読んだ事がある。そうだ…詩だ!
瑠璃子はリビングボードの扉を開きその詩集を探した。しかしそこにはない。
違う扉の中も見てみたがやはり見つからない。
そこで瑠璃子はハッとすると慌てて玄関へ行き靴を履いて駐車場へ向かった。
外に出ると晴れているはずなのに空気がひんやりと冷たかった。
瑠璃子は昨夜大輔が乗って帰ってくれた車のドアを開けるとすぐに中を探る。すると探していた詩集は助手席と運転席の間にあった。瑠璃子はすぐにそれを拾った。
部屋に戻るとすぐにしおりが挟んであるページを開いた。そこには『夜明け』という詩が載っている。
それは瑠璃子が大好きな詩だった。
大輔は車を運転する時にこの詩を見たのだ。そして帰宅してからあのエッセイを書いたのだ。
あのエッセイはこの詩集を読んで感化されて書いたものなのだ。
その時瑠璃子の胸に熱いものがこみ上げてきた。瑠璃子は詩集をぎゅっと抱き締める。
それは大輔が『promessa』であるという証が見つかった瞬間でもあった。
その日の午後、大輔は瑠璃子を迎えに来た。
瑠璃子は車に乗り込むとすぐに昨日の礼を言った。
「先生、昨日はありがとうございました」
「すっぴんの君を見られたのでラッキーだったな」
大輔が珍しくからかうような事を言ったので瑠璃子は顔を赤らめる。
「お化粧をしていないとどうせのっぺらぼうですよーだ」
「ハハハ、まあそんなにいじけなくても……でも君は薄化粧の方が似合うかもしれないな」
その言葉にドキッとする。それは一体どういう意味なのだろうか?
瑠璃子は気になったがなんだか気恥しくて聞き返せずにいた。
そこで瑠璃子は話題を変える為にこんな質問をした。
「先生は夜勤の時っていつも何をしているのですか?」
「うーん色々だな。学会前は論文に目を通したり事務作業的な仕事をしたり仮眠を取ったり……それ以外はネットを見たり本を読んだり…そんな感じかなぁ?」
「そうなんですね…」
瑠璃子は大輔の答えから『promessa』に関する事が何も出てこなかったので少しがっかりした。
間もなく車は病院に着き大輔と瑠璃子はいつものようにロッカールームの前で別れた。
瑠璃子が着替えて廊下に出ると早見陽子がこちらに向かって歩いて来るのが見えた。
瑠璃子はすぐに警戒心を抱いたがなるべくそれを悟られないようにして歩き続ける。
「お疲れ様。村瀬さんは今日は夜勤ですか?」
「お疲れ様です。はい、そうです」
「忙しいところを申し訳ないんだけれど、今2~3分お時間いただけないかしら?」
その言葉に瑠璃子は緊張する。
「何でしょうか?」
すると陽子は「あちらに行きましょうか」と言って人気のない廊下の突き当りを指差した。
二人が移動すると陽子はこう言った。
「村瀬さんは岸本先生とお付き合いをされているの?」
「いえ…付き合ってはいません」
「そうなのね。私てっきり付き合っているのかと思っていたわ。でも良かったー、それなら私が彼に再アタックしても問題ないのよねぇ?」
瑠璃子は何と言っていいのかわからずに目を伏せて押し黙る。その時腕時計が目に入り瑠璃子はハッとする。
もう少しで遅刻になってしまう。
「あの…すみません…もう時間が……」
「あら、ごめんなさい。すっかりお引き止めしちゃって」
陽子が笑顔で言ったので瑠璃子はペコリとお辞儀をしてからその場を後にした。
廊下を歩きながら瑠璃子の心臓はバクバクと音を立てている。
一方陽子は口元に笑みを浮かべながら瑠璃子の後ろ姿を見つめていた。
しかしその目は笑ってはいなかった。
瑠璃子はナースステーションへ行くと日勤からの引継ぎを受けて夜勤の仕事を開始した。
心を無にして仕事に集中しようとするが、断片的に先ほどの陽子の顔が頭に浮かび表情が曇る。
そんな瑠璃子を玉木が心配そうに見ていた。
しばらくすると大輔がナースステーションへ来て電子カルテをチェックする。
大輔は作業をしながら何気なく瑠璃子を見た。すると先ほどまで元気だったはずの瑠璃子が暗い顔をしている。
(ん? 何かあったのか?)
大輔は気になった。
その後大輔が医局へ戻り部屋に入ろうとした瞬間後ろから玉木が声をかけた。
玉木はナースステーションから大輔を追いかけて来たようだ。
「岸本先生、ちょっといいですか?」
「何でしょうか?」
「あの、余計なお節介かもしれませんが…実はさっき先生の元カノさんが瑠璃ちゃんを呼び出して話しをしているのを見たんです。その後から瑠璃ちゃん急に元気がなくて…ちょっと気になったものですから……では失礼します」
玉木はそれだけを伝えると一礼してからナースステーションへ戻って行った。
大輔は玉木が仕事以外の事を話してきたので驚いていた。
玉木は瑠璃子の事を心から心配している様子だった。だから黙っていられなくて大輔に伝えたのだろう。
玉木はまるで「自分は瑠璃子と大輔の味方だ」と言わんばかりの態度だった。
その時大輔の玉木に対する見方が少し変わった。
そして陽子が瑠璃子に何を言っていたのかが気になる。
(一体何を言ったんだ?)
その時医局の中から声が響いた。長谷川の声だ。長谷川は白衣を脱いで上着とコートを着ようとしていた。
日勤の長谷川の勤務は今終わりこれから帰るところだった。
「早速何か問題を起こしたようだね、彼女は」
長谷川はそう呟くと真面目な顔をして続けた。
「大切な物はなんとしてでも守らないと。かけがえのない大切な物ほど…だよ」
長谷川はそう言って大輔の肩をポンと叩いた。
「じゃあお先に。夜勤よろしく!」
その場に残った大輔は先ほどの瑠璃子の元気のない表情を思い返していた。
コメント
18件
早見〰️😮💨どんだけ自分に自信があるの⁉️ 嫌な女😤 又々、玉ちゃん✴️ナイスフォロー👏👏👏
なにをゆぅ~、はやみ、あっ、あれは「はやみゆぅ~」やった。 捨て身のヨーコ、ヨコシマ、イケスカ~ン。あ、それは『港のヨーコ、ヨコハマ、ヨコスカ』やった。今日は、色々間違える。あっ。平常運転か。
promessaの詩が出て来る回が、とっても好きです♥.。.:*♡ こっちの女狐、あっちの女豹、うんざりする女だらけだなぁ。。