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右手側に青を基調した花柄が描かれたティーカップが置かれ、昴が紅茶を注ぎ入れる。
ふわりと漂ってくる柑橘系の香り。水色は茶というより、オレンジに近い。
「なんのカップか、お分かりになりますか?」
試すような笑みで昴に問われ、功基は口角を上げた。
「ミントンのハドンホールブルーですよね」
「さすが。よくご存知でいらっしゃる」
満足気に頷いた昴はティーポットを机上に置き、ティーコゼーを被せてから揃えた指でカップを示した。
「セイロンにパッションフルーツの香りをつけたフレーバーティーでございます。お試しください」
なるほど。この香りはパッションフルーツだったのか。
「いただきます」
カップ手にとり、口元にそっと寄せる。香りは強すぎず、柔らかく鼻を通っていく。
少しだけ吹いて冷ましてから、コクリと飲み込んだ。爽やかな茶葉の風味。
(……なんだろう、香りが随分と自然だ)
こうしたフレーバーティーは人工的な風味となってしまう事が多い。だというのに、随分とマイルドな口当たりだと功基はもう一口を含んだ。
「……セイロンって言っても、これはウヴァじゃないですよね?」
昴が双眸を細めた。
「そこまでお分かりですか。おっしゃる通り、ウヴァではございません。ディンブラを中心にキャンディを配合しております」
「だからこんだけサッパリしてんのか……。それと、香りもなんか……嘘っぽくないというか、自然ですね」
「茶葉への香り付けは微量に、あとは細かくしたドライフルーツを使用しております」
「っ、本格的ですね。どうりで美味しい筈だ。あ、すみません。感想後回しでグダグダと……美味しいです」
「これまでお試し頂いたどのお客様よりも、たいへんご丁寧な感想でございました。デザートもお試し頂けますか?」
「あ、はい」
プレートの上には、艷やかな白い円形のプリンのような土台に、カットされた緑のフルーツソースがかかっていた。黒い粒々から察するに、キウイだろうなと当たりをつけてスプーンで一口分をすくう。
口に運ぶと、甘みのあるチーズの味。白いプリンだと思った物体は、ムースのようだ。
「レアチーズムースにキウイソースを合わせております。いかがでしょう?」
「これなら夏バテしてても、重くなくて食べやすいです」
「お紅茶には合いますか?」
「えっと、ちょっと待ってください」
功基が慌ててカップを持つと、昴は可笑しそうにクスクスと笑いながらも胸に手を当て頭を下げた。
「急かすようで申し訳ありません。ゆっくりで大丈夫ですよ」
見守るような柔い瞳に、羞恥心が掻き立てられる。
背を丸めながら紅茶を流しこんだ功基は意識を口内へ集中させ、コクリと飲み込んでから手を止めた。
(……あれ?)
「どうか致しましたか?」
「あ、と、その……」
言ってもいいのだろうか。
戸惑いがちに昴を見上げると、無言で頷き、先を促された。
「……このムースも紅茶もサッパリしてて、夏って感じで美味しいです。でも、なんか……こう、少し物足りないというか、軽すぎるっていうか」
しどろもどろに言葉を紡ぐ。
静かに耳を傾けていた昴が、ポツリと呟いた。
「……やはり、そうですか」
「え?」
何のことだと見遣ると、昴は綺麗な苦笑を浮かべた。
「私も同意見でございました。アイスティーでご注文されたお客様にはあまり感じられないかもしれませんが、温かなお飲み物と合わせると甘さが足りないように思えまして。とはいえ、開発部の人間は双方に自信を持っていますから、これがベストだと聞き入れて頂けないまま、お客様にお出しする事になったのです。お客様にてご不満がなければ、問題はないという判断ですね」
「それで、他のお客様はなんて?」
「当店に通われる『お嬢様』は、お優しい方々ばかりですので」
肩を竦めた昴に功基は察する。
他の『お嬢様』は特に意見するでもなく、揃って美味しいと大絶賛だったのだろう。
(ま、気に入ってる『執事』にわざわざ文句を言うわけねーわな)
そもそもその興味が、本来精査すべき『味』へと向いていたかも疑問だ。
昴さんも大変だな、と心中で嘆息すると、昴が笑みを深めた。
「南条様にご試食頂けて、本当に助かりました」
(……もしかして)
あわよくば気に入られたい等と密かな願望すら抱かない功基は、好感度などそっちのけで、求められるがまま素直な感想を正直に口にする。改良を渋る開発部を動かすには、『お客様』からの『意見』が必要だ。同様の違和感を引き出したい昴にとっては、うってつけの『試食者』だろう。
そういうことか。納得しながら昴を見上げる。
「俺を呼んだのって、『お嬢様』だとちゃんとした感想がもらえないからですか?」
「……それもありますが」
昴がスッと瞳を細めて、功基へと一歩を詰めた。
(っ、なんだ!?)
戸惑う功基に艶やかな笑みを向け、昴は腰を折り更に距離を縮める。
邦和よりもやや高い、多分に色を含んだ声が功基の耳元に落とされた。
「南条様に、会いたかった」
「っ!?」
跳ねるように仰け反って、功基は妙な余韻の残る右耳を片手で塞ぎながら、昴の顔を凝視する。
一体なんのつもりだ。その意図を探るように限界まで双眸を見開く功基とは対照的に、口元に指を添えた昴は愉しげにクスリと笑んだ。
(――っからかわれた!!)
「昴さんっ」
人で遊ぶなと強い口調で睨め上げると、昴は否定するように首を振った。
「心からの真意でございますよ。ここに勤める『執事』の中ですら、実際に紅茶を愛する者は殆どおりません。ましてやこうしてホールに出てしまうと、同じ知識量、同じ熱意を持って語らい合えるのは、ほぼ皆無ですから。南条様との出会いは、非常に衝撃的でございました」
昴の顔に憂いがさす。
「ですが、南条様とお話出来るのは、この場しかございません。いくら私がお会いしたいと望みましても、ご来店くださるかどうかは南条様のお心次第でございます。包み隠さず言うのなら、今回の『試食』は南条様をお呼びする良い機会だと思いました。ただ、和哉がきちんと南条様に伝えてくれるかどうか、それだけが心配でございましたが……」
「く、和哉が? 確かに以前、今後バイト先には一緒にいかないって話しはしましたけど、今回は昴さんからのお誘いですし、伝えないってコトは……」
「違いますよ南条様。和哉は、貴方様を私に近づけたくないのです」
「っ」
悲しげに言う昴に、功基の心臓がチクリと傷んだ。
どうして邦和が昴を毛嫌いしているのかはわからないが、それはあくまで邦和の嗜好に依存する所だ。功基が昴をどう思うかは、功基次第である。