第1話:はじめての刻印
ヒナは、その朝、鏡の前で何度も自分の指を見つめていた。
右手の薬指に、まだ何もない。真新しい肌色が、すこしだけ物足りなく思えた。
今日から4年生。
それはつまり、「刻印解禁の日」だった。
「いってきます!」
紺色のランドセルに赤いバッジ、ポニーテールをキュッと結んだヒナは、制服の袖をまくりあげて駆け出した。
制服はみんなお揃いだけど、リングのデザインだけは、ひとりひとり違う。
「ヒナ、どんな模様にするの?」 「やっぱり火?それともキラキラ系?」 「“ふわ風エフェクト”入れるとウケいいらしいよ!」
登校中、友達のカナとミユが先に自慢げに手を見せてきた。
ひとりは風の羽模様、もうひとりは光の星くずみたいな刻印だ。
「うちはまだ……これから。」
ヒナが少し恥ずかしそうに手を見せると、カナたちはうなずいて、
「じゃあ、刻印師のとこ、一緒に行こっか!」
町の一角には、リング刻印所「ミラクル・スミス」がある。
子ども専用の“学習リング”を持ってきた児童が、今日も列を作っていた。
待ち時間に配られた紙には、以下の記載がある。
【刻印内容選択シート】
□ 属性選択(第一希望)
→ 火/水/風/雷/音/記憶/癒し/空白
□ 模様の傾向
→ シャープ/まるっこい/幾何学/自然風/自由記入
□ よく使いたい場面
→ 通学・友達との会話・お手伝い・習い事・その他
「んー……迷うなぁ」
ヒナは「火」に〇をつけかけて、ふと手を止めた。
(ほんとうに、火でいいのかな)
周りの子たちのリングはどれも、自信やかっこよさが光っていた。
でもヒナにはまだ、それがわからない。
順番が回ってきた。
「こんにちは。はじめての刻印だね」
刻印師の男性は、年配でメガネ越しにやさしい目をしていた。
「属性、決まってないなら、“自分の中”を見てみようか」
彼の言葉とともに、ヒナのリング(灰色の初期型)を台座に乗せる。
インスクライバーが静かに唸り出し、光の粒がヒナの手を包んだ。
浮かび上がるのは、ヒナの中にある“気持ちの断片”。
・友達が泣いていたとき、手を握った
・ママに怒られても、お皿を片づけた
・ちょっとだけ、自分を好きになれた日
刻印師がつぶやく。
「……なるほど。君の属性は――“癒し”だね」
リングに刻まれた模様は、
ほんのり光る葉っぱのような形。
その中心に、雫がぽたりと落ちている。
赤や青の派手さはない。
でも、手にはめた瞬間、すうっと心が軽くなるような感覚があった。
「それが、君だけの魔法だよ」
ヒナは照れながらもう一度、リングを見つめた。
これがわたしの魔法。
これがわたしの指先にある、**最初の“自分”**だった。
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