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「あー!おにぎりだ!ねぇねぇ圭吾、ソレ俺にも一口ちょうだい」
聴き慣れた声が不意に聞こえ、誘いをかけてきている女子とは反対側に肩を引っ張られた。
口におにぎりを咥えたまま声の主へ振り返ると、予想通りそこに居たのは琉成だった。ニコニコといつもの懐っこい笑顔を浮かべているように見えるが、俺の肩を掴む力がやたらと強い。じわじわと自分の方へと引き寄せ、今では完全に女子から引き剥がす事に成功した。
「小牧君だぁ!おっはよー、今日は午後から授業だったの?」
俺と話していた時よりも若干声が高い。腕を寄せて谷間を作り、上目遣いまでしていて対応の違いに呆れてしまう。
「おはよー。そそ、でも家事も終わったから早めに来ちゃった。——あ、そうだ、圭吾の分も洗濯してベランダに干しておいたよ。夕方からは雨らしいから、取り込むのは頼んでいいかな?」
俺が午後からは授業が無い事をバッチリと把握している琉成が、人目も気にせずそんな話をしてくる。そんな事を、今敢えて言う意味がわからん。
「え?何、もしかして二人って一緒に住んでるの?」
「うん、仲良いからね。友人四人でルームシェアしてるんだ」
「えー!部屋に私も遊びに行きたーい!男ばっかだと、ご飯とか掃除とか大変でしょ。私得意だから手伝ってあげるよー」
「ごめん、ウチはそういうの駄目なんだよね。男子寮みたいな建物の一室を借りてるから」
(……そうだったのか?初耳だ)
「えー。でもそういうのって、みんな結局守ってないじゃん。こっそり彼女連れ込んだりしてるって、友達も言ってたし。だからご飯作ってあげるよ、私ぃ肉じゃが得意なんだよね!」
(……でた、家事出来るアピールの定番メニュー。テンプレ過ぎて、もう言う奴いねぇと思ってたわ。——ん?ってことは本当に得意って事になるのか?……わからんし、どうでもいいか)
「ごめんね、俺圭吾のしか食べられないんだよね」
「……え?」
意味がよくわからないのか、疑問符だらけの顔をしている。
「……琉成は味付けの好き嫌いが多いから、俺の与える飯しか食えないって意味」
(もちろん嘘、だけどな。実際はなんでも食うし、ソイツ。なんだったら『大好物は?』って訊いたら、『圭吾の体液かなぁ』とか平気でサラッと言いかねないくらいの味音痴だし)
「そうなんだよねー!だからいらない。掃除は俺が好きだから、他の人にはやらせないよ」
ハッキリと断る姿が清々しい。ここまで突き抜けると、不快感すら与えぬ微笑みだ。
「ほれ」と言い、割り入ってくれたご褒美としてまだ半分残っていたおにぎりを口まで運んでやる。すると琉成が嬉しそうに顔を綻ばせ、「いただきます!」と言ってから俺のチーズおかかおにぎりを、俺に持たせたまま二口で食い尽くした。
「……ホント、仲良いんだね」
『——良過ぎて流石に引くわ』と最後にポツリとこぼしている声が聞こえたが、聞こえなかったフリをして流す。
「ねぇ圭吾。俺、北棟に用事があるから付き合って」
「ん、わかった。それ終わったら俺は家帰るわ」と答えて、鞄の中に教科書をしまい、二個目のおにぎりを取り出した。
「んじゃ、そういうわけで」
「え!待って、合コ……親睦会の話、まだ終わってないんだけど!」
「無理だよ?圭吾はそういうの行かないから」
俺が口を開くよりも先に、琉成がそう言った。
「小牧君は?楓君と桜庭君も誘ってさ、どうかな」
「皆無理だって、圭吾からもう聞いたんじゃないの?」
「……あーまぁ、うん」
当然歯切れの悪い言葉しか出てこない。そりゃそうだ、何度も無理だと既に言っているからな。
「それが結論だよ。他の参加者にも言っておいてね?俺らは全員勉強とバイトで毎日忙しいから無理だよって。それぞれ忙しいから他に時間を割く余裕が無いんだよ」と言い、「じゃあ、俺達はもう行くね」と声を掛けてから琉成が俺の腕を引いて歩き出した。
廊下を少し進み、「ところで、あの子誰?」と訊かれたが「知らない」と答えた。
「一度も名乗んねぇし、わかるワケがない」
当然知ってるよね?と思っていたのか、なんなのか。名乗りもしない奴の顔はもう記憶の中で朧げだ。胸の感触だけはなんとなく腕に残っていた気がするが、琉成に同じ腕を掴まれてそれも難なく上書きされた。
「琉成はパンとおにぎりにしか興味無いもんねー」
「ドーナツと肉まんも好きだぞ?」
「携帯出来る食べ物ばっかりだなぁ」
「成長期の真っ只中の時よりはマシでも、どうしたって腹減るんだし仕方ないだろ」
「俺にも沢山分けてくれる様になったもんね」と言って、俺の肩に肩をぶつけてくる。
「前と変わらず、勝手に奪ってくだけだろうが」
「でも、最初より抵抗があまりない。つまりは一緒に食べていいって事だ」
「いい方向にしか見ないのな、お前も」
「その方が人生楽しいしね!」
「圭吾は、さ。……親睦会という名の合コンには、本音では行きたかったりした?」
「まさか!んな金と時間があったら、学費に当てて勉強するわ」
「そっか。うん、そうだよね」
最初から行く気なんて微塵も無いと知っているはずなのに、それでも琉成は、とても嬉しそうな笑顔を俺に向けたのだった。