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 壇上から見下ろす光景。

 レジーナが深紅のドレスを翻して広間から出ていく。

 背中で揺れる黒髪を、リオネルは最後まで見送った。


(結局、何も言わずじまい、か)


 リオネルは溜息をつく。

 レジーナからは謝罪も弁明もなかった。彼女はただ、意固地にリオネルを睨みつけただけ。

 赤い瞳が目に焼き付いて離れない。

 彼女の愚かさが、リオネルは憐れでならなかった。


(一体、いつからだろう……?)


 いつから彼女はこんなにも変わってしまったのか。


 元より、リオネルとレジーナの婚約は政略によるもの。プライセル、フォルスト両家の結びつきを強固にするのが目的だ。

 物心つく前に結ばれた婚約に、当事者の意志など関係ない。

 

(……それでも、私はレジーナと共に歩んでいくつもりだった)


 リオネルもレジーナも――幼いながら――互いの立場を理解していた。

 二人の仲は決して悪くなかったはず。

 リオネルは「共に成長し、支え合う同士」として、レジーナを慈しんできのだ。


 それなのに――


「……リオネル? 大丈夫?」


 リオネルの右腕にほっそりとした指先が触れる。

 リオネルは声の主に視線を向けた。

 リオネルを案じる黒の瞳。


「私のためにごめんなさい。優しいあなたにここまでさせて」

 

 エリカの気遣いに、リオネルの軋んだ心が慰められる。


「大丈夫だよ。仕方のないことだったと分かっているからね。……ありがとう、エリカ」


 エリカが「良かった」と笑う。

 安堵に満ちた表情。

 リオネルの胸が締め付けられる。愛しい彼女がこの笑みを取り戻したことが、何よりも嬉しかった。


(……そうだ。私が守るべきはエリカ。もう二度と、彼女を泣かせはしない)


 ここに来るまで、リオネルにも様々な葛藤があった。

 魔法学園入学と同時に友人となったエリカ。

 彼女は平民という出自ゆえか、誰とでも気安く、直ぐに打ち解けてしまう。身分の垣根を越えた交友関係。それを、レジーナのように毛嫌いする者もいるが、多くの者は彼女を好いた。

 リオネルもまた、彼女を好ましいと思う一人だ。


 エリカには類まれな治癒魔法の才がある。だが、「聖女の再来」と呼ばれるほどの力に彼女が驕ることはない。ただ、苦しむ者のため、分け隔てなくその力を使い、力及ばぬ時には涙する。そんな心根の人間を、誰が嫌いになれようか。


 しかし、そんなエリカから、ある時を境に笑顔が消えた。

 明らかな異変。

 陰りのある表情で、それでも、彼女は「大丈夫だ」と歪に微笑む。


 彼女から笑顔を奪った張本人。

 それが自身の婚約者だと知った時、リオネルは深く絶望した。


 そして、気付いたのだ。

 リオネルが本当に守りたいもの、何より大切だと想うのは、婚約者のレジーナではなく、エリカだと。


 リオネルは隣を見下ろす。

 エリカが穏やかな笑みを浮かべている。

 二人が見つめ合っていると、不意に割って入る声があった。


「上手くいったな、リオネル!」


 金の髪に碧い瞳を煌めかせた男が、リオネルの肩を気安く叩く。

 学園の序列最高位。フリッツ・ヴァイラント第二王子殿下。

 王国の王位継承権第二位を持つ彼と親しく付き合えるのも、二人の間にエリカと言う存在があるからだ。

 リオネルは静かに頭を下げて応えた。


 フリッツは満足気に、エリカにも「良かったな」と声を掛ける。

 その横で、二人を見守るフリッツの友人――クラッセン辺境伯子息アロイスが、リオネルに鋭い目を向けた。


「しかし、わざわざこのような……、見せ物のようにして婚約を破棄する必要が本当にあったのか?」


 長い白金の髪は一つに縛られ、下ろされた前髪がサラリと揺れる。その奥、菫の瞳には隠しきれない不審と苛立ちが宿っていた。

 彼はフリッツに説得され、エリカとの友情を理由にこの場にいるが、納得はしていない。どころか、その表情には後悔が覗く。


(義憤、或いは同情か……)


 理解して、リオネルは頷く。


「確かに君の言う通りだ。私とて、出来ればこのような方法を取りたくはなかった」

「ならば……!」

「私はエリカを守りたいんだ」

「守る?」


 訝しげなアロイス。

 リオネルは「ああ」と答える。

 

「……私は、エリカとの婚約を望んでいる」

「っ!」


 アロイスが息を呑んだ。

 気づけば、フリッツも話に聞き入っている。

 リオネルは、ここまで力を貸してくれた二人に対し、自身の覚悟を口にする。


「婚約に際し、エリカの身分に対する蔑みや、能力へのやっかみがあることは承知している」


 エリカは平民。婚約への道は決して平坦ではない。

 だが、自分はもう、それら全てを排すると決めた。今日のこれはそのための布石――


「『正義』が何処にあるかを、皆の前で明らかにしておきたかったんだ」


 身分ある者が下位のものを虐げることは許さない。例え伯爵家の人間であろうと、罪は罪、悪は悪として断じる。そう示したことで、今後、エリカに向けられる悪意を牽制した。

 リオネルの描く未来図。

 アロイスは未だ顔を顰めるが、代わりに、フリッツが二人の会話に口を挟んだ。


「エリカをフォルストの養女とするそうだな。それも、彼女を娶るためか?」

「はい」

「フン。よりによって、フォルストとは……」


 不満げなフリッツの表情に、リオネルは苦笑する。


 悪名高きフォルスト。レジーナの生家であるフォルスト伯爵家は、その叙爵に至る過程を含め、成り上がりとして忌み嫌われている。

 かの家がエリカを養女とすることを望んだ時、リオネルは迷った。だが、フォルスト側がレジーナとの婚約破棄を受け入れる条件がそれだったのだ。


 無論、フォルスト家と戦うこともできた。しかしそれは、リオネルの生家――プライセル侯爵家をもってしても長く掛かる戦い。レジーナをいつまでも婚約者として据えておくことになる。それが、リオネルにはどうしても耐えられなかった。


 これ以上、エリカを悲しませたくない――


 迷った末、リオネルはエリカに頭を下げた。彼女は、「それがリオネルの望みなら」と、フォルスト家へ入ることを承知してくれた。


 フリッツが嘆息する。

 

「貴族家同士の問題、利権が絡むのは分かるが」


 彼の顔は不快気に歪んだまま。「それでも俺は反対だ」と唸る。


「フォルストなど碌なものではない。兄上もエリカの身を案じている」


 フリッツの兄である王太子は、かつて、エリカに治癒魔法で命を救われた。以降、常に彼女を気にかけている。

 彼が王太子の名を出したのは、リオネルに対する警告。「エリカを不幸にするな」という釘刺しだ。


 そこにまた、別の声が割って入る。のんびりとした場にそぐわぬ声。

 

「エリカが幸せになれるなら、それでいいんじゃない?」


 穏やかに笑う少年。

 亜麻色の髪に、細められた瞼の奥に覗く榛色の瞳。朴訥とした雰囲気の彼がその見た目通りの人間でないことは、この場の誰もが知っている。


 エリカが弾む声で彼を呼んだ。


「シリルくん!」

「良かったね、エリカ。幸せになってね?」

 

 次代の王国筆頭魔導師と呼ばれる男――シリルの笑みが深くなる。

 親し気な二人。エリカの笑みには、彼に対する愛情と信頼が感じられた。


 学園は実力主義とは言え、魔力を持つ者の多くが貴族籍にある。貴族中心の学園において、エリカとシリルは数少ない平民同士。

 リオネルも、その性別を越えた友情にかつては妬心を抱いた。だが今は、エリカの想いが自分にあることを知り、二人を穏やかな思いで見守ることができる。


 ふと、リオネルは自身が奇跡の中に在ることに気づいた。


 目の前、確かな友情で結ばれたエリカとシリルの二人は平民。対して、彼らを見守るフリッツとアロイスは尊き血筋の王族と高位貴族だ。

 本来ならあり得ぬ光景。

 しかし、そこにエリカが居るだけで、身分と言う枠組みを超えた新たな絆を結ぶことが出来る。


(やはり、エリカはすごいな……)


 誰をも愛し、そして誰からも愛される存在。

 そんな存在が、他の誰でもなくリオネルの手を取り、自身を唯一と認めてくれている。


 ならば、己がなすべきことは一つ――


「……殿下、私には全てを守りきるほどの力はありません」


 婚約者であったレジーナを正すことも、彼女を幸福に導くことも出来なかった。自身の無力を認めた上で示すのは、ただ一つの想い。


「力のない私ですが、本当に守りたい、たった一人だけは守ってみせます」


 隣で、エリカが「リオネル」と名を呼ぶ。

 リオネルはその声に答え、彼女の細い肩、小さな身体を抱き寄せた。


「エリカだけは必ず守り抜きます。何に代えても」


 リオネルの誓い。

 フリッツが片方の口角を上げてニヤリと笑った。


「その言葉、違えるなよ?」

「御意」


 答えたリオネルに、フリッツは満足そうに頷いて返す。弛んだ彼の眼差しが、エリカに向けられた。


「リオネルが違えぬ限りは、俺も手を貸す。……お前には幸せになってもらいたいからな」


 フリッツの言葉に、リオネルは深々と頭を下げた。

 胸の内で、自身の誓いを繰り返す。


 守ってみせる――


 エリカの幸福――彼女が彼女でいられるこの景色ごと、何もかも。



読心令嬢が地の底で吐露する真実

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