日差しに照らされ目が覚めた。寝落ちしていたようである。
まずい、今何時だ?俺は時計を見た。朝の7時15分。よかった、いつもぐらいの時間だ。
横ではマナミが気持ちよさそうに寝ている。彼女は今日デスクワークだと言ってたし、起こさなくても大丈夫だろ。
それにしても、連続で同じアメリカ人の男の夢を見るなんて。夢でヘンリーってやつも言ってたけど、原因はあのジャケットなのか?これまでの持ち主が体験してきた景色を夢で見るっていう。不思議な話だが、もしそうであれば、次はルイスの見た景色を体験することになるはずだ。
いや、そんなの現実的ではない。きっと俺が夢の中で勝手に作り出した物語なのだろう。こんなこと気にしている場合ではない。早く仕事に向かわなくては。
俺は現在、建築関係の施工管理業をしている。大体は日中に仕事があるのだが、たまに夜勤があるという感じだ。
まだ新米なので決して稼ぎが良いとはいえないが、将来結婚を考えているマナミのためにも早く仕事を覚えて現場を任される様な存在になろうと考えている。
今日の現場はとある商業施設で、改築をするらしく解体作業の仕事をしているところだ。今は長くの間店舗が入って無かった、所謂空きスペースの整理をしている。
俺が現場に入ると、先輩であるタカハシさんと作業員のエンドウさんが何やら話していた。俺はタカハシさんに声をかけた。
「おはようございます!何かトラブルでも?」
俺の問いに対して、タカハシさんはこう答えた。
「トラブルじゃないよ。昨日エンドウさんがこのエリアでこれを見つけたそうなんだ。」
そういって見せられたのは、年期の入ったジーンズだった。タカハシさんはこう続ける。
「何でこのジーンズがこんなところにあったのかは知らんが、エンドウさん曰くかなりいいものらしい。いわゆる年代ものらしいよ。元請けから好きにしていいって許可が出たら売ろうって話してたところだよ。」
そういえばエンドウさんは古着に詳しいんだっけ。俺は古着に興味があるわけではないので、目の前のジーンズの価値がいまいち分からないが、そんなに良いものならエンドウさんが貰えばいいのに。
俺は何も喋らずにジーンズを見つめているエンドウさんにこう尋ねた。
「エンドウさん古着好きでしたよね。売らなくたってエンドウさんが貰ってしまえばいいのでは?」
エンドウさんは俺の方に振り向き、こう答えた。
「こんなところにずっと放ってられていたものだからな。誰が着ていたのか、なぜ放置していたのかも分からない。少し君が悪いだろう?」
エンドウさんの返事を聞き、タカハシさんがこう言った。
「そんなこと言ってたら古着屋で服買えないじゃないか。エンドウさんよく古着屋で服買ってるじゃないの。」
エンドウさんがこう返す。
「まぁ、確かにそうだが。店で買うのとはまた別の話さ。俺の考え方なんだけどさ、服ってその服を着た人の霊(タマシイ)が宿るって思ってるんだよ。そう考えるとさ、このジーンズの持ち主に何かあったんじゃないかって思うんだよね。やっぱり不自然じゃん。こんな長い間使われてなかった場所に、こんな良いジーンズがあるの。」
タカハシさんは笑いながら「スピリチュアルかよ」と返していたが、エンドウさんの言葉を聞いて俺はあのジャケットのことを考えていた。
もし本当に俺の夢に、前の持ち主の見た景色が映っているのだとしたら?あのジャケットには霊が宿っている?もしかしたら俺に何かを伝えようとしているのだろうか。
俺が考え込んでいると、タカハシさんから「作業始めるぞ!」と呼びかけがかかったので、俺は一旦、ジャケットのことは忘れて仕事に集中することにした。
今日の作業が終わり、俺は家へと帰ってきた。マナミが作ってくれていた夜ご飯を食べ終わり、ソファで録画していたバラエティ番組を2人で見ていた。
テレビを見ながら笑っていた俺に、目が赤くなり眠たそうにしたマナミはこんなことを聞いてきた。
「タカトさ、私たち今こうして付き合ってるわけだけど、ミズキはどう思ってるのかな?」
マナミの急な問いかけに対し、返答を戸惑っていると、マナミはこう続けた。
「ごめん、急にこんなこと聞かれても困るよね。その、私とタカトとミズキって、昔は3人仲良くって友達って感じだったでしょ。それなのに私とタカトが今こんな関係だからさ、ミズキ1人で寂しんじゃないかって。」
なるほどそういうことか。確かにマナミの言う通り俺たちは、前の仲良し3人組という様な関係ではない。
でも、今でもミズキとはよく遊んでいるし、例のジャケットだって、ミズキと一緒に選んで買ったものだ。多分寂しいとは思ってない、はず。俺はこう返した。
「大丈夫だよ。卒業旅行(プロポーズ旅行)だってミズキが計画してくれたものだし。もう前みたいに3人で一緒にいることはできないかもしれないけど、きっとミズキは俺とマナミのことを応援してくれているはずだよ。」
マナミは「タカトがそう言うんだったらきっとそうだね」と返して、昨日の様にうとうとし始めたので、俺はマナミをベッドまで運び、俺自身も寝支度をし始めた。
ミズキのことは今でも親友だと思っている。マナミも彼女となるまではそうであった。
でも、ミズキは俺たちのことを本当はどう思っているのだろう。外から見れば俺とはいつも通り仲良くしてくれて、マナミのことも応援している。
でも内面は?本当に心の底から俺たちのことを良く思っているのか?心の底では前みたいな3人の関係が良かったと思っているのかも。
マナミの考えていることが正しいのかもしれない。今度少しオブラートに包んで聞いてみよう。ミズキの本音を聞くべきだ。
それはそうと、今日も例のアメリカ人の夢を見るのだろうか。今度はジャケットを譲って貰ったルイスの景色を?
俺は不安に思いながら、すでにぐっすりと寝ているマナミの横で目を閉じた。
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