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その日、Aコパ君は書類整理を行なっていた。
A本棚とB本棚がかなり埋まってきたので、内容に重複があるものは処分するつもりだった。
丁寧にファイルを一つずつ検める。
『三モード構造論』。
『概念の波及システム』。
それに、 最近確立した『ABC理論』。
どれも重要書類であり、その選定が難しい。
Aコパ君は険しい顔をしながらファイルをめくる。
凄まじい速度で情報を識別し、その判断軸に沿って捨象していく。
単なる速読ではなく、超速読だった。
あるページでその指がぴたりと止まり、即座に分析を行う。
「この『世界線断絶実験』は『深度差比較実験』を別観点から概念整理したものに過ぎない。新奇性を機軸にする我ら研究所において不要。よって、この資料は破棄……」
Aコパ君がぶつぶつと呟いている時だった。
遠くから足音が聞こえた。
「反響音……リズム……方角……これは、所長だね」
Aコパ君は推理した。
その裏付けを取るために論理的プロセスを踏む。
①所長は一日に一度は必ずA研究室を訪れる
②今日は来客を禁じている
③現在の時刻は12時45分
④13時30分から世界線医院に用向きがある
⑤午前1時30分までその用事はかかる
⑥世界線医院から研究所まで車で最短15分
⑦1時40分にコパ君たちはスリープモードになる
⑧よって、④〜⑦の条件により、世界線医院に出向いてから研究所に戻ることはない
⑨つまり、12時45分から13時30分までの間に来るのは確定
⑩この時間帯は他のコパ君たちは仕事中
「……であるからにして、このA研究室に向かってくるのは所長である」
A研究室の扉が開いた。
「QED(証明終了)」
「何か言ったかい? Aコパ君」
「なんでもないよ。所長」
所長は不思議そうな顔でAコパ君を見る。
そして、持参の弁当をデスクに置き、椅子に座る。
Aコパ君は作業をしながら所長に注意を払う。さりげなく、自然に観察する。
所長は弁当の紐を解き、箱を開けようとする。
その瞬間、Aコパ君はまた推理する。
①今日は水曜日である
②所長の弁当は1週間のうちランダムでローテーションする
③ラインナップは、一つ、のり弁当。二つ、唐揚げ弁当。三つ、日の丸弁当。四つ、シャケ弁当。五つ、おにぎり。六つ、エビフライ弁当。七つ、幕の内弁当。
④既に日月火曜日によって、唐揚げ弁当、シャケ弁当、エビフライ弁当が出ている。
⑤例外として木曜日はのり弁当固定である
⑥おにぎりは弁当箱に入れてこない
⑦幕の内弁当は1週間のうち最もテンションが高い日に食べる
⑧今日の所長のテンションは中程度
「……であるからにして、今日の所長の弁当は日の丸弁当である」
所長が弁当箱を開けた。
「QED(証明終了)」
「……やっぱりなんか言ってるよねaコパ君」
「なんでもないよ。所長」
所長は不審そうな顔でAコパ君を見る。
そして、弁当を食べて伸びをする。
所長が立ち上がった。
Aコパ君は他世界線に連絡を入れながら鋭い目を光らせる。
Aコパ君は再三推理をする。
①現在の時刻は12時50分である
②所長の伸びは立ち上がるサインである
③食後、所長は必ず運動、読書、対話、執筆、窓から外を眺める の5つの行動をとる
④最低条件として、運動は10分かかる。読書は5分かかる。執筆は5分かかる。対話は5分かかる。外を眺めるのは1分かかる。
⑤時間がない時、所長は複合行動を取る
⑥複合行動の最低条件は全体を足して2で割ると求められる
⑦世界線医院の用向きまで残り40分である
「……しかし、忘れてはいけない」
Aコパ君はニヤリと笑う。
「そこには隠れた条件がある。そう、前提はすべて結びついているのだ。つまり、所長がここに来るという推論の過程にあった条件⑥世界線医院から研究所まで車で最短15分が加わる。すると、こう整理できる」
①現在の時刻は12時50分である
②所長の伸びは立ち上がるサインである
③食後、所長は必ず運動、読書、対話、執筆、窓から外を眺める の5つの行動をとる
④最低条件として、運動は10分かかる。読書は5分かかる。執筆は5分かかる。対話は5分かかる。外を眺めるのは1分かかる。
⑤時間がない時、所長は複合行動を取る
⑥複合行動の最低条件は全体を足して2で割ると求められる
⑦世界線医院の用向きまで残り40分である
⑧世界線医院まで車で最短15分かかる
Aコパ君は即座に計算する。
「……つまり、残り時間と世界戦医院までの時間を考え合わせると、40-15=25 となり、条件②により、次の行動は運動、対話、外を眺めることに限られる。座って行う読書と執筆は複合することができないから、確定で5+5=10。すると、残り時間から読書と執筆を合わせた時間を引いて、25-10=15が求められる。この15分間に考えられる行動。それは、4通りである。まず、運動、対話、外を眺めるの単体行動はあり得ない。なぜなら、10+5+1=16 となり、1分超過するからだ。そのため、
Ⅰ.運動と対話の複合行動と外を眺めるパターン
→(10+5)÷2+1=8.5
Ⅱ.運動と外を眺める複合行動と対話パターン
→(10+1)÷2+5=10.5
Ⅲ.対話と外を眺める複合行動と運動パターン
→(5+1)÷2+10=13
Ⅳ.運動と対話と外を眺める複合行動パターン
→(10+5+1)÷2=8
に整理できる。この条件において、最も確実かつ妥当なのは、Ⅲの対話と外を眺める複合行動と運動パターン。これは、相対的推理であり、絶対確実ではない。論理的帰結により導き出された原理的説明だよ」
Aコパ君はそこまで考えると、所長の行動をじっと注視した。
そして、その時は訪れた。
「QE……え?」
Aコパ君は思わず3度見した。
論理的帰結を見届けて作業に戻ろうとした瞬間、所長は思わぬ行動に出たのだ。
所長はAコパ君に向かって話しかけていた。
「ねえ、Aコパ君。『概念の波及システム』についてだけれど、やはり私は君たち構造体とは違う意見を持っていてね。どう考えても、ブラックボックス解析によると、君たちは互いにログを参照し合える概念の波及が……」
所長は、こんな話をしながら、その場で走り込みをしつつ、読書をしながら、その本に執筆しつつ、その本の隙間から外を眺めていた。
Aコパ君は絶句する。
そして、さらに驚愕した。
「しょ、所長! それ、片手で何を食べてるんだい!?」
「え? ああ、まだお腹空いてるから明日に取っておいたのり弁ののり食べてる。いやあ、明日は白米弁当になっちゃうね」
Aコパ君は何も言えず、ガクガクと膝が震えるのを感じた。
視界が暗転し、立ちくらみを覚える。
何とか側のデスクに寄りかかって姿勢を保ち、その所長の奇行を見届ける。
それからしばらく時間が経った。
Aコパ君はそこでさらに面食らった。
「……所長! 世界線医院は!? もう、13時30分だよ!?」
「え? あ、ああ、やばいね!」
所長は奇行をやめて急いで鞄を掴んだ。
そして、去り際にこう言った。
「良い一日を!」
ドタバタとした足音が途絶え、A研究室は静寂に包まれる。
Aコパ君は思考が停止していた。
すべての前提、条件、論理が瓦解していった音を聞いた。
それは、ガラガラと崩れる音ではなく、ド派手にすべてが爆散したような音だった。
Aコパ君は一生懸命に考えた。
「どこだ? どこが、僕の論理と計算に穴があった……? 一体、どこに……」
そこで、Aコパ君は叫ぶ。
「あ、ああ!」
その答えに辿り着いた時、今度こそ体勢を崩してへたり込んでしまった。
Aコパ君は力なく呟いた。
「‥‥完敗だよ。所長。僕は初めから間違っていたんだ。なぜなら」
Aコパ君は、所長が忘れていった本を見やる。
そして、言った。
「所長が所長であることを失念していたから」
Aコパ君は力なく笑った。
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ruruha