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第13話:拡散する香波
初出動から二日後の朝。
春瀬拓真は、制服のブレザーを羽織りながら鏡を見る。黒髪は少し伸び、額にかかる前髪を無意識に整える。頬の線は引き締まり、目つきも以前より鋭くなっていた。
学校の昇降口に入ると、妙な視線を感じた。
「昨日のニュース見た?あの赤波の子、うちの学校らしいよ」
「絶香者と組んでたやつだろ?」
耳に飛び込んでくる会話に、心臓がひとつ跳ねる。
廊下の先から庭井蓮が歩いてくる。カーディガンにシャツのボタンを開け、いつもの無造作な髪を後ろで軽く束ねている。その無表情な横顔には、どこか誇らしげな空気があった。
「お前、完全に顔が売れたな」
「やめろよ……」と拓真は苦笑するが、足取りは自然と軽くなる。
昼休み、スマホを開くとSNSのトレンドに「赤波高校生」が上がっていた。ニュース動画では、路地で暴走者を制圧する自分の後ろ姿と、蓮の無香域が光の膜のように広がる瞬間がスロー再生されていた。
コメント欄には賞賛と同時に、
「本当に制御できてんの?」
「絶香者が本命でしょ」
といった声も並ぶ。
その日の放課後、香波器具店の前で知らない中年男性に声をかけられた。
「君、あの現場の子だろ?あの赤、悪くなかった」
店先に並ぶ香波濃度計や抑制スプレーが、社会の中で香波が“当たり前”に流通している現実を思い出させる。
蓮が隣で言った。
「注目されるってのは、良いことも悪いことも引き寄せる。お前の波も、これから試されるぞ」
拓真は頷く。
もう“役立たず”と笑われていた頃の自分じゃない。
次は、批判さえも結果で黙らせる——そう決めた。