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「イナリ、私が案内する」
スクッと立ち上がったのは月読だ。典晶も同じように腰を上げる。
「あの、俺も良いかな?」
イナリではないが、トイレという言葉から急に尿意を催した。
「こっちよ、着いてきて」
音も無く歩く月読は、触れる事無く襖を開けて外へと出て行く。襖の向こうは闇ではなく、広々とした日本庭園が広がっていた。
典晶は庭園に面した縁側を歩く。その横を小走りでイナリが付いてきた。
「ここが女性用の厠よ。隣が男性用」
月読はイナリの為に扉を開けてくれた。イナリが猛ダッシュでトイレに駆け込んでいく。ちらりと伺えたが、女子トイレは驚くほど近代的な西洋式トイレだった。見たところ、ウォシュレットに音姫までついていた。
月読が扉を閉めると、すぐに音姫のメロディーが流れてくる。西洋トイレで狐のイナリがどのように用を足しているのか、もの凄く気になる。
「下世話な想像をするな」
心を見透かしたように月読が呟いた。
「いや、俺は、別に……」
驚いた典晶は反論もできずに、逃げるように男子トイレに駆け込んだ。
用を終えた典晶と、イナリが出てくるのがほぼ同時だった。何処となくスッキリとした表情のイナリを抱えた典晶。すると、トイレの横に立っていた月読が動いた。月読もトイレに入っていったのだ。
パタン
閉じられた扉を見て、典晶とイナリは口をポカンと開けてしまった。月読が入ったトイレ、それは男性用トイレだった。
聞き慣れた小用の音が扉の向こうから聞こえて来る。イナリは恥ずかしがるように顔を背けたが、典晶は余りのショックにその場を動く事さえできなかった。
「見ての通り、変わったヤツだ」
那由多の言葉が脳裏に木霊した。程なくして、トイレから出てきた月読は、美しすぎる顔にイタズラな笑みを浮かべ「これは秘密よ」と言うかのように、紅を引いた唇に人差し指を当てた。
「………」
「………」
言葉のない典晶とイナリは、ただ月読の示した通り、コクコクと頷いた。
可哀想な親友。彼はこの事実をいつの日か知ることになるのだろうか。
それから小一時間ほど、那由多達と他愛もない話をして時間を潰した典晶と文也は、イナリを連れて天安川高校へ向かった。