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◆◆◆◆
紫音は部屋にこもり、夕飯も食べに来なかった。
両親と凌空という地獄絵図のような夕食が始まった。
ピロン。
小さくメールの着信音が鳴る。
テーブルの下で内容を確認すると佐倉からだった。
『どう?ネズミが噛んだ理由わかった?』
************
先程の電話。
両親の性格と力関係、そして黒薔薇の一部始終を話し終えた凌空に、佐倉は言った。
『キュウソ、ネコを噛む、だね』
「窮鼠?」
眉間に皺を寄せた凌空の顔がわかるかのように佐倉は笑った。
『キュウソだよ、凌空のパパは。おそらくね。じゃないとそんな風にブチ切れる理由がわからない』
電話の向こう口で煙草を吸う音がする。
『大事なのは、パパがなぜ切れたか、じゃない。パパは何に追い詰められたか、だ』
「―――――」
意味が分からず言葉に詰まった凌空を、佐倉はまた笑った。
『それはきっと、ネコより恐ろしいナニカだろうね?』
************
ちらりと視線を上げる。
(親父が何かにおびえてる?こんな無感情なおっさんが?)
「ーーおかわり」
普段、めったにおかわりなどしない健彦が茶碗を軽く持ち上げた。
妻である晴子を試しているのか。
それとも晴子に家内である自分の位置を知らしめているのか。
しかし、
「ご自分でどうぞ」
晴子は健彦を真正面から見つめて言った。
(何言ってんの……?)
これにはいい加減に腹が立った。
外に出て稼いでる夫に向かって言う言葉か?
家にいてただ花の世話ばかりしているくせに。
父の金でブランドものを買いあさり、
いい年なのに虫唾が走るような女の匂いをぷんぷんとまき散らして、
それでいて、長男を溺愛、長女を蔑ろにして、次男は放置。
そんな好き勝手生きてきた女が何を言っている。
(あ……これ、ヤバい)
腹の奥から赤い感情が広がっていくのを感じる。
バン。
凌空はスマートフォンをテーブルに置いた。
そして健彦の手から茶碗を受け取ると、キッチンに回って炊飯器を開けた。
呆然とした健彦の、そして晴子の視線を感じる
おそらくほんとうに「おかわり」をしたいわけではないだろう健彦の茶碗にさらりと一膳盛ると、テーブルに戻った。
「一家の大黒柱にそれはないんじゃないの」
健彦に茶碗を渡しつつ、晴子を睨む。
「男に優しくされた娘に嫉妬するのは勝手だけどさ」
ついでに言ってやった。
「……!?」
その言葉に健彦が凌空と晴子に視線を往復する。
そうだよ。
あんたの嫁は、この年になってまで他の男に現を抜かしているクソババアだ。
よほど悔しいのだろうか。
晴子が涙で潤んだ目でこちらを見上げた。
凌空はスマートフォンを拾い上げると、無言の晴子に背を返し部屋に戻った。
◇◇◇◇
暗い部屋の中、凌空は自分を落ち着かせようと、深い呼吸を繰り返した。
(……ああ、ダメだな。こんなんじゃ全然収まらない)
ここまでイラつくのは久しぶりだ。
瞼が熱くなる。
(抜かなきゃ……!)
抜かないと、
自分が壊れる。
幼いときに輝馬がよく一緒に遊んでくれた金属バッド。
今はボコボコに変形しているそれが目に入る。
凌空はスマートフォンをベッドに放ると、勉強机脇にあったそれを掴んだ。
あのオモチャが機能するかはわからない。
もう動かないかもしれないし、音も出ないかもしれない。
でも、今夜―――。
皆が寝静まったら遊びに行こう。
殴り過ぎて変形し、血液がついて錆び付いたバッドを翳す凌空の顔は、笑っていた。