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テラーノベルの小説コンテスト 第4回テノコン 2025年1月10日〜3月31日まで
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平安貴族の日常は、思いのほか忙しい。


宮中へ参内し、与えられたお勤めに励み、上役の家で宴が開かれれば、ご機嫌伺いに赴く。


さる大臣の姫君が、女御に上ると耳にすれば、出世のために、付け届けという名の祝いの品を持参して、邪険にされても、晴れやかな笑顔を手向け続け、都の外れに美女がいると噂が立てば、その姿を確かめに行く。


加えて、屋敷で行われる、節目毎の節句の行事に勤しんで、見知らぬ遠縁とやらの来訪には施しを与え、義父《しゅうと》の愚痴にも相づちを打ち、仕える女房達に、唐菓子の一つでも分け与え、都の流行りを聞き取って、側付の童子達を手なずけ、北の方──妻の機嫌を探らせる。


夜となれば、目をつけた姫君と、情を交わすという大仕事を果たし通す──。


もちろん、この屋敷の主、守近《もりちか》も、例外なく、貴族の日常とやらをこなしていた。


血筋良し、見映え良し、少将の位を持つ男、守近。


当然、やんどころない姫君手ずからの色香漂う文《うた》が届く。


別に、守近が頼んだ訳ではない。


まあ、貰えればそれなり嬉しくはある。


その程度の文が、毎日屋敷へ届き、守近の房《へや》に、うず高く積み重なっていた。


ただ、困るのは、どれが本命からの文か、わからなくなっていることか。


先日など、本命の姫に返歌《へんじ》を送ったところ、知らぬ下男が現れて、停めてあった牛車《くるま》に乗せられ、得たいの知れない屋敷に連れて行かれた。


否、古び過ぎて、朽ち果てそうな 侘《わび》しさが、守近の不安を煽ったのだが、果たして、庵《こや》同然の主《あるじ》ときたら、住みかと同じく、鬱々とした華のない女。


帳《とばり》越しでも、公達《きんだち》と呼ばれる男ならそれぐらいわかる。


挙げ句、側付の老いた女房が、盛んに杯をすすめ、事を急《せ》かせる。


これは、たまらんと、守近は、急な差し込みが、などと、見え透いた仮病を使って逃げ帰ったのだ。


本命の姫へ送った文が、誤って届いた結果なのだろう。


確かに、あれだけ文が送られてくれば、返事の行き違いも起こりえる。


以来、本命の姫君のご機嫌は、しごく悪い。


そろそろ潮時なのかも知れぬと、守近は思う。


いや長良《ながら》一人に任せるのも、無理が来ているということなのだろう。


はぁ、さて、どうしたものか。


勤め明け、屋敷の自室でくつろいでいたはずが、おかしな事を思い出し、守近は顔をしかめた。


と──。


「あああぁーー!」


隣の、控えの房《へや》から、側付の童子、長良の叫びが響いてきた。


何事かと覗いてみると、文机に突っ伏す長良の姿があった。


「もう、無理ですっっ!」


長良は、声を張り上げ、おんおん泣き出す。


「おやおや、これはまた派手にやってくれたね」


書き損じた紙なのか、くしゅくしゅと丸められたもの、ビリッと破られたものが、所狭しと、散乱している。


「いや、参ったな。私は、お前を、相当に追い詰めてしまったようだ」


守近は、散らばる紙を拾い集めた。


「我が屋敷の神童も、流石に、あの量は、こなせないか」


はははっと、守近は笑うと、長良の側に腰を下ろす。


「も、守近様!申し訳ありません!」


主人の登場に、長良は、慌てて居ずまいを正そうとした。


「長良、謝るのは私の方だ。お前に、恋文の返事を代筆させるなんて、まったく、呆れた主《あるじ》だねぇ」


違う、自分の力が足らないのだと、長良は、頭をふり、守近を受け入れない。


「お前は、妙なところで意固地になる」


もっと、肩の力をぬけと、守近は、長良の頭を撫でてやる。


思えば、成人《げんぷく》前の、まだ子供。確か、十二、三歳だったはず。


それを、大人の色恋に巻き込んで、しかも、あの、膨大な量に逐一、歌を返せとは、無茶どころか、拷問に等しい。


こうして、自棄《やけ》になるのも、仕方のない事だろう。


「長良、すまないね。私には、北の方──徳子《なりこ》がいる。それなのに、他の姫君からの文に私手ずから返事をしては、あれの気持ちを踏みにじる事になる。かといって、返事をせねば、あちら方の面子もなくなる。恨みを買って、かの少将は、歌の一つも詠めやしないと、妙な噂を流されてしまうだろう。と、なるとだ、徳子にまで、気の効かない主様《あるじさま》をお持ちですと、大変ですわねぇ、などと、嫌みの一つも振りかかるだろう」


ああ、いたたまれない、と、ばかりに、守近は、大きく息をつく。


貴公子の、愁い漂う嘆きに当てられたのか、長良は、袖で目元を擦ると、神妙な面持ちで、


「そうでした。その為に、長良がお側でお仕えしているのでした」


と、大人びた口調で言い放ち、筆を取った。


「こらこら、余り根を詰めてはいけない。将来の、官吏様に何かあっては大変だ」


ぴくりと、長良の肩が揺れた。


「耳にしているよ。長良、お前、大学寮に入って、官吏になりたいそうだね」


大学寮とは、中流貴族の子息に向けた官立の官吏養成機関の一つ。


儒学、数学、漢文学、歴史学など、多岐にわたって学ぶのだが、採用には、十三歳から十六歳までの聡令《そうれい》な者に限るという、厳しい基準がある。


長良の才能を見出だしていた守近は、大学寮にでも入れて、官吏の道を進ませようと思っていた。


屋敷に詰める者達の、先々を考えるのも主の勤め。それに、長良は、徳子《なりこ》の遠縁にあたる。なおのこと、邪険には出来ない。

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