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テラーノベルの小説コンテスト 第3回テノコン 2024年7月1日〜9月30日まで
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あの、乙女が山積みの薪を見て驚いている。


張飛は、思わず駆け寄っていた。


「薪じゃ!どうだ、足りるか!」


雷声の迫力に、後ずさる女の手を、張飛は遠慮なく掴むと、そのまま肩へ担ぎ上げた。


女は、足をじたばたさせて、なんとか逃れようとしている。そして、背後では、屋敷の下男達が、お嬢様!と、叫んでいた。


「なっ!主は!この屋敷の!」


「ええ、私をひどい目に会わすと、あなた、痛い目に会いますよ!」


「ちょっと待て!つまり、主は、夏侯淵、いや、夏侯淵殿の……」


「娘です!怖じ気付きましたか!」


身分をあかし、なおかつ、逃れようとする女に、張飛は叫んでいた。


「気に入った!!やはり、ワシの、嫁御は、主しかおらん!!行くぞ!!」


ちょっと、あなたは何を、と、女は抵抗するが、そのちいさな体は、しっかり張飛の腕に抱え込まれている。


「あー!暴れるな!動くな!落ちる、大変じゃ!」


「大変なことを、しているのは、あなた!!」


女は、すかさず、張飛へ食ってかかった。


「ほお、父君が、助けに出て来られるか?それは、あるまい。行くぞ!」


うわっー!と、下男達が叫び薪を投げつけてくるが、


「こざかしい!薪が、お前達のお嬢様、とやらに当たれば、どうするっ!旦那様が、御戻りになったら折檻されるぞ!!」


と、余裕綽々で、怒鳴りつけた。


その、迫力と言い分に、下男達は、震え上がった。


「あー、ほんとうに、なんてことかしら」


「どうした?なんてことはない、ワシの、嫁御になるだけの話ではないか!」


「つまり、蒔きと交換されるわけですか!」


わははは、と、張飛は笑った。さすがは、夏侯淵殿の娘じゃと……。


そして、


「劉備様の一の家臣、この、張飛益徳が、夏侯淵殿の娘、もらって行くぞ!」


と、叫ぶと同時に馬に飛び乗った。


はっ、と、声をかけ、胴を思い切り蹴り、馬を全速力で走らせる。


背後からは、下男達が追いかけてくるが、馬は、あっという間に距離を開けた。


そして、あの、雑木林に二人はいた。


「まったく、あなたという人は!」


「まあ、許せ、ワシは、本気なのじゃ」


「本気だって、言っても、やり方が、あるでしょうに!」


「これしか、思い浮かばんかった!!」


はあ、と、女は、息をつく。


「もう、呆れてものが言えません」


「そうか!それでは、ちいと狭いが、住み処へ向かおう。なに、暫くすれば、御屋敷住まいができるようになる。今は、時期が悪くてのお」


「そんなときに……騒ぎを起こすなど。それに、父が知れば……」


ははは、と、張飛は笑った。


「知られる前に、ずらかるだけよ!」


今、夏侯淵は、屋敷を開けている。遠征に出ているはずだ、と、酒場で耳にした事を、うっかり、忘れていた。と、張飛は言った。


「なぜ、忘れていたか、分かるか?」


張飛の問いに、女は首を振る。


「主に、ここで、出会ったからじゃ!余りの美形に、ワシは、すっかり見惚れてしまい、大切な情報を、忘れてしもうたのよ!!」


この地に夏侯淵の本宅があると、小耳にはさみ、更に、酒場で噂を集めた帰りに、夏侯淵の娘に出会うとは、と、張飛は何やら悦に浸っている。


「なんだか、本当に変わった人」


「おお!さっそく、誉め言葉か!夏侯夫人よ!」


「えっ?」


「そうじゃろう、ワシの嫁御になるのじゃからの、もう、主は、夏侯夫人ぞ!」


そして、女の小さな手を取り、


「月明かりで見ると、なお、美しい。子供の為にも、やはり、主でなければ!」


考えてみろ、仮に、女が産まれたとして、自分に似てしまえば、ぐりぐり頭に、どんぐり眼、挙げ句、ぴんぴんした虎髭まで生えてしまえば、一生恨まれる。しかし、これだけ美形の母親ならば、何も案ずることはないだろう。


そんな、絵空事を真顔で語る張飛に、女は思わずクスリと笑った。


「では、男、ならば?」


「おお、ワシに似て、勇猛な将になる!」


二人は顔を見合わせ、笑った。


そして、馬に乗り庵へ向かったのだった。


こうして、張飛に略奪された花嫁が、勇猛な男子と美しい女子を産むのは……、もう少し先の話になる──。


略奪された花嫁(了)

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