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「ケイトォォォ!戻るの遅いぃぃ!」
キーラは文句を口にしつつも、漆黒の鎧に覆われたケイトの体にガッチリと抱きつき再会を喜ぶ。素直な歓喜を前にして、ふっと柔らかな笑みを浮かべたケイトは、キーラのふわふわとした頭を宥める様な手付きで撫でた。
「仕方なかろうが。遠くまで魔王殿を探しに行っていたんだしな。緊急事態だった様だが、一体どうし……——」と言った辺りで、リアンの姿が彼の目に留まった。
「ちょっとぉ⁉︎」
「おいっ!」
久方ぶりに見たリアンの姿を前にして、三人で交わしている『リアンをこの三人の誰かが手に入れるまで、彼を名前では呼ばない』という約束をケイトがあっさりとまた破った。ナーガとキーラは不満そうだが、呼ばれたリアンの方は嬉しそうに口元を綻ばせている。はにかむ様なその笑みを前にして、ナーガ達は即座に手の平を返し『リアンが可愛いから許すわ!』と心の中で叫んだ。
「戻ったんだな!怪我はないか?汚されていたりはしていないか?」
足音をガシャガシャと立てながらリアンの元にケイトが駆け寄り、ぎゅっと抱擁する。リアンはかなりの高身長なのに、ケイトがそれを遥かに上回っているせいで、まるで男女の抱擁の様だ。
「ずるいわっ!ワタシだってまだだったのに!」と言いながら、ナーガは上半身を人型に戻す。
「ボクだってやりたいのに!」
現状の空気を読んで抑えていた気持ちが一気に爆発した二人は、ケイトが抱きついたままなのも気にせず、小柄なキーラは背後から首元に抱きつき足をぶらんっとさせ、ナーガは長い体でぐるりと包み三人ごとその身に抱え込んだ。——と同時に、ナーガの張った真っ黒い球体状の結界が焔を押し潰すよりも先に内側からの衝撃により壊れ、粉々に砕け散ってしまった。
魔族達の前に再び姿を現した焔は寒くもないのに口から白い息を吐き出し、眼光の鋭い瞳が業火の如く光っている。ゆらりと少し動くだけで光の残像だけが残り、綺麗ではあるが、身にまとう気が黒いせいで完全に“悪”そのものにしか見えない。
「……おい」
リアンの今の様子を見て、焔は自身の額の血管が切れた様な気がした。
大声で叫び、ドンッ!と焔が地団駄を踏む。焔的には『自分の召喚魔だ』という意味だったのだが、どう聞いたってそうは受け取れない。目の前で恋人に手を出された彼氏の様な発言を聞き、リアンの顔が真っ赤に染まり、うっとりとした様子で目を細めた。
「……魔王殿?」
「え、ちょっと……何その反応は」
「……」
二人の間に何かあった所か、焔とはもしや恋仲なのでは?と、キーラが疑念を抱く。そして焔の方へ精一杯の怒りを込めて鋭い視線を向けたのだが、即座に怖気付く羽目になった。
焔の瞳が怒りに燃え盛り、背にまとう黒い気がより一層大きさを増している。全身からは苛立ちを感じ、明らかに力の入っている手元からはボキボキと骨の鳴る音が聞こえた。心なしか爪も鋭く伸び、可愛らしい程度だった八重歯が今ではまるで般若の様な風貌にまで変化している。
(ほ、焔が、嫉妬してくれている!)
その事が嬉しくて堪らず、リアンがケイトの背に敢えて腕を回す。嬉しい反面、予想外な行動のせいで驚きの方が強く、ケイトの体がビクッと跳ねた——その時。殺気が間近に迫り、ケイトが慌ててリアンの胸を押し、咄嗟に彼を思いっきり突き飛ばした。その反動でどうにか頭部への直撃を避ける事には成功したが、顔を覆う兜に焔の爪が掠ってしまい、鋼鉄を貫通してうっすらとケイトの肌に血が滲む。事前にナーガにより展開してあった防御壁が無ければ、焔の攻撃を避ける事は不可能だったかもしれないと思うと、珍しくケイトは肝が冷えた。
「大丈夫?こっちへ!」
ナーガは自身の背後にリアンを隠し、焔とケイト達から距離を取った。そして周囲に幾重にも黄色い光を帯びる防護壁を張り直す。どうせ簡単に壊されるので無駄だと分かっていても数秒稼げるだけでもマシだと割り切った。
「ケイト!ボクが加勢するから、もうやっちゃってよ!」
悔しそうに顔を歪め、キーラが魔族達全員に対して補助法を次々にかけていく。操作パネルも出現させ、部下達の現在地のチェックもし始めた。たっぷりと稼いだ時間の間に城内の魔族達はほぼ状態異常から回復した様だ。その甲斐あって今こちらに加勢する為に多くの仲間が向かっている様子が確認出来る。城内に居る者は焔達の予想通り非戦闘員が多いが、それでも魔族は魔族だ。個々は弱めでも人間よりは能力が高いので、数で押し切ればいけるかもしれない。だが、遠征中の者達がこちらへ向かう様子がまるで無く、『まさか皆もトラブルに巻き込まれているのでは?』と、仲間の安否が心配になった。
「もう一度訊く。リアンが、魔王なのか?」
「そうだが、何か問題でもあるのか?」
ケイトが答え、大剣を鞘から抜き取り、焔に向かって構えた。彼の言葉を聞き、「……はぁ」と溜息を吐き出し、焔が頭を抱える。彼は段々と自分の運命を呪いたい気分になってきた。
「まさか、二人目も……とはなぁ」
小声でこぼす焔の顔には悲壮感が滲み出ている。
「リアン……」
「主人……」
二人の視線がぶつかったが、表情は対照的だ。リアンはやっと愛おしい者の素顔にまみえた喜びに満ちているが、焔は苦しそうに顔を歪めている。
「悪いがリアン」
「はい、主人」
部下達には一度も見せた事の無い、子犬の様な笑顔をリアンが焔に向けた。
「——死んでくれないか?」
当然その言葉はケイト達の逆鱗に触れ、彼らが一斉に焔へと襲いかかる。ケイトは通常ならばあり得ない程の速度で大剣を振り上げ、ナーガが少しでも動きを止めようを麻痺の魔法を焔にかけた。キーラは子守唄の様な声で睡眠効果を誘いつつ、能力を全て弱体化させるデバフをかけてきた。
一瞬クラッと焔の体が揺れ、膝から崩れそうになる。それによりケイトの攻撃が肩に当たるかと思えたのだが、焔が少し顔を上げてキーラと視線が合った途端、彼の使った魔法の効果が全て消え去り、ケイトにかけらていた補助魔法も効果を失ってしまった。
途端に大剣を振り下ろす速度が落ち、焔が軽く体をずらして攻撃をかわす。赤い絨毯の敷かれた床に大剣の切っ先が刺さったが、即座にケイトは体勢を持ち直し、角度を変えて力強く斬り上げた。スピードは少し落ちてはいたが、それでも体の痺れている焔では躱しきる事が出来ず、着物の一部が縦一直線に切れてしまった。そのせいで、よりにもよって腹から胸元にかけての部分が見えてしまっている。
(あぁぁぁぁ!コレって、リアンさんブチギレるんじゃ⁉︎)
完全に空気と化している五朗とソフィアが同じ様な事を同時に思った。
『 絶対に殺す!』という確固たる意思を持ち、ケイトが焔に対して更に攻撃を続ける。寸前ではあるが何とか全てを躱すが、応戦するには体に力が入らない。麻痺の効果が地味に厄介だと判断した焔は次にナーガの方へ視線を向けると、ぶちんっという鈍い音と共に、今度は彼の使っていた魔法の効果が一瞬で全て消し飛んでしまった。
「んな⁉︎」
焔にかけたはずの麻痺が解け、仲間達を守っていた防御壁も消えてしまった事に驚き、慌てて展開し直そうと試みる。だが何故か全く魔法が使えず、魔力が枯渇した時の様な状態になっている。
「魔力はちゃんとあるのに、何で⁉︎」
「ナーガもなの?ボ、ボクも魔法が急に使えなくなってるんだ」
動揺するナーガとキーラを無視し、リアンは背中のマントをバッと剥ぎ取ると、それを腕に抱えて高く飛び上がった。
「もういい。そう動くな、主人よ。今のままでは目の毒だ」
ケイトと焔の間にリアンが割って入る。そして焔の体を自身のマントで大事そうに包み、露出している胸元を隠した。主人から『死ね』と言われた事は何とも思っていない様だ。
「そんな姿をして、色気が過ぎるぞ。こんな大衆の面前で俺を誘っているのか?全く……」
呆れ声でそう言い、小さなツノの生えた焔の額にコツンと額を重ねた。
目を見開きながらカッと赤くなる焔の様子を見て、嬉しそうにリアンが微笑む。やっと近づけた喜びで、リアンの胸の奥が熱くなった。
「邪魔をするな、リアン!ソイツはお前を殺そうとする敵だぞ⁉︎」
ケイトは怒号のような声で叫ぶと、大剣を二人に向かい構えた。 リアンが主人を守る様に肩へ手を置くと、焔の瞳がスッと細くなる。
「ケイト!その目を見ちゃ駄目よ!ソレ、きっと『魔眼』だわ!」
ナーガの言葉を聞き、ケイトが咄嗟に目を瞑り、顔を逸らした。だがそのせいで焔の手刀が彼の後頭部に直撃し、ケイトは床に叩き倒されてしまった。
あまりの速さに対し『お前は今、リアンの側に居たのでは?』と疑問に思いながら、ケイトが即座に体を起こして体勢を立て直す。一部破損はあるものの、被っている兜のおかげでダメージを軽減は出来たが、くらりと目の前が少し揺れた。体の頑丈さには自信があったのだが、直撃した衝撃は相当なものだった様だ。
リアンは両手をどこにやるべきか困った顔をしながら、ジト目を焔へと向ける。やっと触れたのに!と、場違いな感情で心はいっぱいだ。
「主人、あまり彼らをいじめないでやってくれないか?大事な部下達なんだ、怪我をさせたくない」
「お前が俺の相手をするならな」
「当然。むしろ、その役目は俺だけのもの。……そうでしょう?」
自身を指さすように胸に手を当てて、ニコリと笑う顔が焔の胸を高鳴らせる。今から殺し合う者達には到底見えず、どちらもまるで睦言でも交わすかのような表情だ。
魔王であるリアンを殺す事に対して抱いていた複雑な心境よりも本能が勝り、高揚感が焔の内から湧き出てくる。だからと言って、全く躊躇が無いわけではなさそうだ。
「……他に手は無いのか?」
「ありませんね。『魔王殺し』は、ゲームクリアの必須条件ですので」
ニヤリと笑うその顔は、彼の『魔王』という立場にとてもふさわしいものだった。
一方その頃。
「んーと、『魔眼』とは一体?」
部屋の片隅で、脳内が疑問符だらけの五朗が胸の中に抱いたままにしているソフィアに問い掛けた。
室内には魔物や獣人達といった魔族達が続々と集結している。だがそれらの注意は全てリアンと焔達を注視しており、彼らを気に掛ける者は一人も居ない。まるで彼らがその場には居ないかのような扱いだ。まだまともに戦える程には回復していない五朗にとってはありがたい話だが、ワガママな事にそれがちょっと寂しくもあった。最終決戦だというのに、まともに敵を相手にしているのは焔のみとあっては、そう思う気持ちも多少は理解出来る。
『私も詳しくはないのですが、確か……過剰な力の宿った瞳の事を指しているはずです。伝承のみの存在に近いくらい、魔眼の持ち主はほぼ生まれないそうなので、まさか我が主人がそうだとは……』
「だからずっと目隠ししてたんっすねぇ。チートキャラなのも納得っすわ」
『本来の主人であるオウガノミコト様の元で縁結びの仕事をされていたはずなので、きっと“縁”に纏わる能力なのでしょうが、それ以上は私もわかりかねます』
「なるほど」と納得し、五朗が黙った。
数分後、ソフィアの方から『……意外ですね』とぽつり呟く。
「何がっすか?」
『……縁結びが出来ると聞けば、貴方なら、自分と私を結んでくれと言うかと思っていました』
「言いたいっすよ、正直な気持ちは」
『やっぱり』
「んでも、自分達って根底が全く違う生き物でしょう?流石に神様とは生きる時間も次元も何もかんも違うんで、欲深い事を願ったりはしませんって」
にかっと子供っぽく笑う顔を見上げ、ソフィアは目を見張った様な気持ちになった。
「ソフィアさんの事はホントマジでスンゲェ好きだけど、瞬き程度の一瞬でお別れする様な人間となんか、結ばせたりなんか出来ません」
『……そう、ですか』
「あれ?もしかして、そう願っていて欲しかったっすか?だとしたらめっちゃ嬉しいっす!」
『そんなわけが無いでしょうが!』
「ムキになって可愛いなぁ」と五朗が言い、ハートマークを飛ばしていそうな勢いでソフィアをギュッと抱きしめる。
「……ってなわけで、決着がつくまでのこの時間を、自分は一生忘れないようにしっかり記憶しておこうと思うんで——」とまで言って、五朗が言葉を詰まらせた。
『……人の死は、二度あるそうです』
「何ですか?唐突に」
首を傾げる五朗を無視し、ソフィアは話を続ける。
『一度は肉体が死を迎えた時。二度目は誰の記憶からも失われた時、なのだと』
「そっすね。なんかわかる気がしますわ」
『……なので貴方は、一度しか死なずに済む事になりますね』
ソフィアの言葉の意味が理解出来ず、五朗が黙ってしまう。だがすぐに今の言葉は、『永遠に貴方を忘れませんよ』という意味なのだと悟り、五朗は無言のまま何度も頷き、何粒もの涙をソフィアの体の上にほろりと零した。