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第1話:最適な未来
朝六時、電子の光が静かにまぶたを叩いた。
天井に浮かぶスクリーンが、ミナトの今日の“行動予定”を表示している。
「本日:感情値安定。体温36.3。平均評価スコア 42点。優良安定枠につき、通常登校可能。」
ミナト・フジモト、17歳。黒髪はやや長めで、くしゃくしゃと寝癖のまま。
グレーの制服には管理IDカードが付いており、胸ポケットには
**“第4管理区域・市民学校Aブロック 第7学級”**の紋章が刻まれている。
顔立ちは整っているが表情は乏しい。
“表情筋は誤解のもと”と教えられて育った世代だ。
ベッドから起き上がると、自動でシャワーが起動し、歯磨き液が口内に注がれる。
朝食はサブスコアにより内容が最適化され、今日は「プロテイン・ユニット/塩分制御タイプE」。
窓の外には、高層ビルが整列した灰色の都市が広がっていた。
空には人工雲が制御されたリズムで流れ、ドローンが時間通りのルートで飛び交う。
すべてが、無駄なく、均質で、静かすぎる。
登校途中、ミナトは交差点で立ち止まる。
赤信号の隣にはAIスコアボードが設置されており、通行人それぞれの“スコア”が点滅している。
「スコア65:優良市民」
「スコア52:協調性評価中」
「スコア39:行動傾向注意」
通行人の多くが、その数字を一瞥もせずに進む。
見慣れているのではない。見る意味がないと思っているのだ。
「……42か」
ミナトは自分の胸元のスコアを確認する。低くも高くもない、“問題にされない数字”。
学校の校門を通るとき、顔認証ゲートが彼を無言で受け入れた。
廊下では制服の少年少女たちが、無言で整列し、それぞれの座席に向かう。
クラスメイトのレンは、髪を短く刈り込んだスポーツタイプ。
無駄な発言をしない彼はスコア72で、将来は保護官として期待されている。
「おはようございます」
教室に響くのは、AI教師の合成音声だった。
「今日の授業は、“感情と効率の相関”についてです。昨日、過剰な発言をした生徒が3名、感情評価が再審査されました」
モニターに映るのは、AIによって切り取られた“問題発言”の記録。
「好きなことを、やってみたかっただけなんです」
「なんとなく、胸がざわつくって言うか……」
クラス全員が、無言で画面を見つめる。
誰も笑わないし、驚かない。ただ、正解の顔で“理解”するだけ。
放課後、ミナトは一人、校舎の裏手に回る。
ポケットから、折りたたんだ紙を取り出す。
――そこには手書きの詩。
インクで書かれた文字は、スコア化も最適化もされていない。
「風は、命令されずに吹いている。
花は、誰にも褒められずに咲いている。」
ふと、空を見上げた。
制御された人工雲の向こうに、ほんの一瞬だけ**“不規則に揺れる光”**が見えた気がした。
それは、誰にもスコアで測れない、小さな“違和感”だった。