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「せっかく、わたしがセコンドに付いたというのに、|寝技《グラウンド》へ入る前に、一撃KOとか……呆れて物も言えません」
物も言えないと言いながらも、さっきから隣でずっと愚痴をこぼしている木村さん。
そう、練習前に宣言した通りスパーリングが始まると、木村さんは深津のセコンドに付いた。
寝技のテクニックは日本女子最強とも言われる|寝技《グラウンド》の魔術師、マジカルしおりんコト木村詩織さんをセコンドに付けた深津。
奴は、スパーリングが始まると同時に、いきなり両手をワキワキさせながらオレの胸元目掛け、顔をつき出す様に突っ込んで来たのだった。
その、鼻の下が伸び切った性欲丸出しの顔面タックルに、色んなモノの危機と全身を襲う悪寒に防衛本能が働き、オレはほぼ無意識に突き出された顔を膝で蹴り上げていた。
空中二段飛びの要領で、深津のアゴへとほぼ垂直に入った飛び膝蹴り――|虎王《こおう》(*01)
アゴへと決まったはずなのに何故か鼻血を流しながら、深津はとても嬉しそうな顔で失神したのだった。
「まったく……|スピアー《タックル》は、腰をしっかり落として、相手の両膝の裏を抱え込む様に刈れと、あれ程教えたのに……こんなニセ乳に惑わされて、胸に顔面から突っ込んで行くなんて」
「そう言いながら、揉まないで下さい」
木村さんは、がっくりと肩を落として歩きながら、横にいるオレの胸へと手を伸ばして来る。
「別に良いではありませんか、どうせ何も感じないのでしょう?」
確かに、ニセ乳のシリコンパット部分など揉まれても何も感じないが、あまり気分の良いモノではない。
「でもよぉ、少しくらい揉ませてやりゃあいいじゃねぇか? アイツら、この乳揉む為に給料下げられた上、タダで|道場《ジム》の掃除までしてんだからよ。可哀想じゃねぇか?」
「全然可哀想じゃないです。そして揉まないで下さい」
木村さんとは反対側の胸を、オレより一回り大きな手で揉みしだく荒木さん。
「いいじゃねぇか、減るもんじゃねぇんだし」
まあ、物理的に何か減っているわけではないが、歩きながら双方の胸を揉まれているオレのSAN値は、急速に減少している気がする。
てか、ナニこの絵面……
「とにかく。早くこのモヤモヤをスッキリさせたいので、シャワーは先に使わせてもらいますよ」
「はいはい、分かってますよ」
いくらオレでも、女性へシャワーを先に譲るくらいのジェントル精神は持ち合わせている。
こういう事はレディーファーストが基本であり、そしてオレはレディーではない。そうっ! 決してレディーではないのだ!
「っかよ~。恥ずかしがってねぇで、一緒に浴びりゃあいいじゃねぇか。どうせ中に入りゃあ、仕切りがあんだしよぉ」
「遠慮しておきます」
そこはオレではなく、女性のアナタが恥ずかしがって下さい。
まあ確かに、シャワールームには仕切りの付いたシャワーは五つあり、五人までなら一緒に浴びる事が出来る。とはいえ、そこに付いている仕切りというのは、隣の人の顔が見える様な簡易な物でしかないのだ。
ましてや荒木さんくらいの身長だと、胸の位置が仕切りより上に来ていて丸見えになってそうだし。
てか、ホント羨ましい……
5センチでいいから、その身長を分けてもらいたい。代わりに、今アナタが揉んでいるニセ乳あげますから――って、そんだけデカけりゃ、要らないか……
そんな、しょうもない事を考えながらロッカールームにたどり着いたオレは、軽くため息をつきながらそのドアを開い――えっ?
「んっ? ああ、お疲れさん」
「「「お疲れ様ですっ!!」」」
ドア開けた瞬間。オレの目に飛び込んで来たあまりの光景に思わず凍り付き、身が固まってしまった。
そんなオレへ向け、ベンチに座っていた智子さんが声をかけ、その前に座っていた新人達は慌てて立ち上がり、オレ……とゆうか、オレの両脇にいる先輩レスラーに頭を下げた。
「おうっ! お疲れさんっ!」
「では、シャワー使わせてもらいますね」
ま、待って……こんな所にオレを置いて行かないで……
というオレの願いも虚しく。ロッカーから着替えを用意して、さっさとシャワールームへ消えて行く、荒木さんと木村さん。
「どうかしましたか、お兄様? そんな所で固まって?」
白くて高そうなレース一枚で隠された大きな胸を弾ませ、不思議顔で尋ねる愛理沙。
そう、一枚……彼女達が身に着けているのは、上下一枚ずつなのである。
それも、練習時に着けている無骨なインナーではなく、色とりどりに意匠を凝らしたプライベート用下着。てゆうか、智子さんに至っては、トップレスである……
「え、え~と……まず、言い訳をしてもいいですか?」
「ん? 何の言い訳か分かりませんが、取りあえずどうぞ……」
キョトンと首を傾げる愛理沙に、オレは一度深呼吸をしてから、言葉を選ぶ様にゆっくりと口を開いていく。
「えぇ~と。君たち少しシャワー長すぎない……?」
オレ達がココを出てから約一時間半。まだ、着替えも終わってないって、いかがなものでしょうか?
「てゆうかさぁ……」
「――!?」
突如、オレ達の間に割って入る第三者の声。
冷淡な口調で殺気を孕む聴き馴染んだ声に、オレは背筋を凍り付かせた。
「ドア開ける前にノックの一つもすれば、済む話なんじゃないの……?」
「は、はい……まったくもって、その通りです……」
恐怖に声を震わせるオレ。
そう、オレと愛理沙の間に割って入ったのは、慌ててジャージの上着を羽織った風の姿で立つ幼馴染、栗原かぐやである。
ジャージの裾から覗く逆三角形と、そこから伸びる白い足。
かぐやは、まるで猫科の肉食獣を思わせる様なそのしなやかな右足を力強く踏み込むと――
「だったら~」
「ちょっ!? ま、待てかぐ――」
「とっとと、出て行きなさいよっ!!」
そのまま空中で二段飛びをする様に、踏み込んだ右足の膝を垂直に振り抜いた。
「かっ……はっ……」
真下からアゴを膝でカチ上げられ、激しく脳が揺さぶられたオレは一気に全身の力が抜け、膝からゆっくりと崩れ落ちていく。
そう、この膝蹴りは、さっきオレが深津を眠らせた膝蹴りと同じ技。虎の王の放つ一撃が如き膝蹴り『虎王』である。
うつ伏せに倒れ、脳震盪で薄れ行く意識……
なるほど……因果は巡るとは、よく言ったモノだ……ガクッ。
(*01)虎王
いわゆる二段飛び膝蹴り。
利き足で踏み切り、二段飛びの要領で相手の顎を踏み込んだ足の膝で蹴り上げる技。
踏み込みと蹴り上げの両方を利き足で行う為に威力が高い。
また、通常の飛び膝蹴りと比べ、ほぼ垂直に顎を蹴り上げる為に脳震盪を起こしやすく、そのままKOに繋がるケースも多々ある。