テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
第六十五話 二人で撮る一枚
「同じ景色を見て、同じ瞬間を残す。それだけで、一人の写真とは違う一枚になる。」
四月。
高校を卒業してから、少しだけ時間が経った。
制服ではなく、私服で歩く道。
見慣れた桜並木も、なんだか少し違って見えた。
湊はカメラを持って、待ち合わせ場所へ向かう。
今日は紬と会う約束をしていた。
駅前に着くと、
少し離れたところから手を振る姿が見えた。
「湊!」
「お待たせ。」
「ううん、今来たところ。」
卒業してから会うのは、これが初めてではない。
それでも、高校生だった頃とは違う。
二人とも、
それぞれの新しい場所へ進み始めている。
だからこそ、今日という日は少し特別だった。
「どこ行く?」
「桜、まだ残ってるかな。」
「行ってみよう。」
二人は並んで歩き始めた。
川沿いの道には、まだたくさんの桜が残っている。
風が吹くたびに、花びらがゆっくり舞った。
湊はカメラを構える。
「また撮ってる。」
「だって綺麗だから。」
「高校の頃から変わらないね。」
「紬もね。」
「私?」
「写真撮るとき、いつも同じ顔する。」
「どんな顔?」
「秘密。」
「なにそれ。」
二人で笑う。
湊はその瞬間を撮った。
でも、カメラの画面を見ながら、ふと思う。
今まで、自分は一人で写真を撮ることが多かった。
誰かを撮ることもあった。
誰かの大切な時間を残すこともあった。
でも——
自分たちの時間を残すことは、意外と少なかった。
「紬。」
「ん?」
「一枚、撮らない?」
「いいよ。」
湊はカメラを三脚にセットする。
川と桜が見える場所。
二人が並んで立てる場所。
タイマーを設定する。
「走らなくていい?」
「今回は大丈夫。」
「よかった。」
二人が並ぶ。
カウントダウンが始まる。
3。
2。
1。
——カシャッ。
シャッター音が響いた。
確認すると、
そこには桜を背景に並ぶ二人の姿が写っていた。
「……いい写真。」
紬が小さく笑う。
「うん。」
湊も画面を見る。
高校を卒業した春。
新しい生活が始まる直前。
今までとは少し違う未来へ向かう二人。
その一瞬が、ちゃんと一枚の中に残っていた。
「ねえ、湊。」
「ん?」
「これからも、こういう写真撮ろうよ。」
「こういう写真?」
「うん。」
紬は写真を見ながら続けた。
「一年に一枚とか。」
「その年にあったことを、写真に残すの。」
湊は少し考えてから笑った。
「いいね。」
「じゃあ約束。」
「約束。」
二人は小指を軽く合わせた。
高校生活は終わった。
でも、二人の時間まで終わったわけじゃない。
むしろここから、新しい時間が始まる。
別々の場所。
別々の生活。
それでも、また同じ場所で写真を撮る。
その約束があれば、きっと大丈夫だと思えた。
帰り道。
湊は今日撮った写真をもう一度見る。
そして、そっと保存した。
名前をつける。
「二人で残す一枚」
この写真も、いつか振り返る日が来るのだろう。
「あの頃はこんなだったね」と笑いながら。
そんな未来を想像すると、
少しだけ楽しみになった。
📷 Photo.065「二人で残す一枚」
撮影日:4月12日
高校を卒業した春。
それぞれの道へ進む前に、
二人で残した一枚。
きっと何年経っても、
この日のことを思い出せる。
コメント
1件
**クラリス さん、第65話「2人で撮る一枚」読みました。** 卒業して私服に変わった春の空気感が、桜並木とカメラの音とともにすごく優しく伝わってきました。湊が今まで“誰かの時間”を撮ってきたからこそ、最後に“二人の時間”を残そうとする流れにグッときました。一年に一枚っていう約束、いいなあ。写真一枚に込められた未来の約束に、じんわり温かくなりました。良い話をありがとうございます。
#異世界転移
花月夜れん
1,957
200
ユキ
85
47