ひとりの中年女性は、疲れた様子でネオンが煌びやかに輝く繁華街を歩いていた。
女性からは正気は感じられず、どことなく寂しげで虚な表情をしていた。
「はぁ〜・・・」女性はため息をつくと、路上喫煙禁止の看板を気にする事もなく、ポーチからタバコを取り出して口に加え、ジッポライターで火をつける。
ジッ・・ジッ・・ジッ・・
しかし何度もフリントホイールを親指で回そうとも、火花が散るばかりで一向に火がつく気配がない。おそらくオイルが切れているのだろう。
女性が苛立った様子でタバコをポーチに仕舞おうとすると、横からキィンという甲高い開閉音と共に、火のついた金色のデュポンライダーが現れた。
女性が不思議そうにライターの方にを見ると、そこにはブランド物のスーツに身を包んだ小綺麗な中年男性の姿があった。
女性が呆気にとられていると、男性は優しい表情で「よかったら・・・」と一言だけそうつぶやいた。
「ど、どうも」女性は軽く会釈をし、タバコに火をつける。
「ふぅー・・・」女性は口から濁った煙を吐き出す。
しかし、女性がタバコを吸い終わっても、その男性はその場を離れなかった。
それどころか、男性は女性の顔をずっと見つめていた。
「あの・・まだ何か?」女性はうんざりした様子で男性に尋ねる。
女性からして見れば、ライターを貸してくれた男性は、タバコを吸い終わった今となっては、ハッキリ言って用済みなのだから。
「お姉さん・・今お一人ですか?」男性は女性の問いかけに、微笑みながら言う。
「お姉さん?私が?あはは!私なんでもう40過ぎたおばさんよ?」
女性は男性の明らかなお世辞を見下すように笑う。
「何を仰いますか!まだまだお綺麗でお若いですよ!」
「あっそ、ありがと」女性は、見え透いたお世辞を適当にあしらうように返事をする。
「もし、お時間があるようでしたら、今から飲みにでも行きませんか?」
「はぁ?まさかのナンパ?」女性は男性からの予想外の誘いに戸惑う。
「ご迷惑でしたか?」
「いや、迷惑とは言わないけど、あなたも変な趣味してるわね。こんなおばさんをナンパだなんて」
「綺麗で素敵な女性を目の前にしたら、声をかけずにはいられない性分なもので」
「ふふふ、何よそれ。いつの時代の誘い方?今どきそんな事言う人いないわよ。あなた面白い人ね」
女性は男性の肩に手を添えながら笑う。
「この先に私が経営しているバーがあるんですよ。よろしければそこに行きませんか?是非ご馳走させてください」
「経営してるバー?」女性は驚いたように、男性の顔を見ると、見定めるように頭の先からつま先までを見まわす。
「た、確かに、あなたのスーツってかなりのブランド物だものね」
「いえいえ」男性は謙遜したように言う。
「いいわよ。どうせ暇してたし」
「そうですか、よかった。でしたらご案内いたしますよ」
女性が案内されたバーは、落ち着いた感じのJAZが壁に埋め込まれたスピーカーから流れており、いかにも大人の憩いの場といった洒落た創りだった。
「おしゃれなバーね」「気に入っていただけましたか?」
「ええ、気に入ったわ。とっても」「それはよかった」
二人が会話をしていると、それに気づいたバーテンダーらしき、タキシード姿の若い男が小走りで近づいてきた。
「梶橋オーナー!来られるのでしたら、迎えをよこしましたのに」
「いや、気にするな。今日は完全なプライベートなんでな」
「あの・・オーナー?そちらの女性は?」
女性に気づいたバーテンダーが梶橋に尋ねる。
「こちらの女性は私にとって大切な方だ。最高のおもてなしをしたい。」
「かしこまりました!では奥の部屋を今すぐご用意いたします!こちらへ!」
2人はバーテンダーに案内されるまま、奥の部屋へ歩いて行く。
奥の部屋はVIPルームなのだろうか?壁には大きな絵画が飾られており、天井からは大きなシャンデリアが吊り下げられていた。
「す、すごい部屋ね」女性は案内された部屋のあまりの豪華さに、若干萎縮しているようだ。
「大切なお客様の為に、こだわって特注で造らせた部屋なんですよ」
「あなたってもしかして、すごい人だったりする?」
「あはは!そんな事ありませんよ。ただのしがない、いち経営者ですよ。そんなことより、さぁ!座りましょう!今お酒を持って来させてますので」
「え、ええ・・ありがとう」
2人はソファに横並びに座り、テーブルには高級ワインとして知られるドメーヌ・ド・ラ・ロマネ・コンティと、つまみ用のチーズが置かれている。
「こんな高いお酒・・初めてだわ」
女性は目の前に置かれた高級ワインに、若干萎縮している。
「大切な方には大切なお酒を!をモットーとしておりますので」
「それと・・さっきのバーテンダーが言ってたカジバシというのはあなたのお名前?」
「ああ、そういえば、お互いに自己紹介がまだでしたね」
梶橋は女性の問いに慌てた様子で、スーツの内ポケットから一枚の名刺を取り出す。
「私は、バーRAMのオーナー、梶橋龍彦と申します」
梶橋は名刺を両手で渡しながら丁寧に挨拶をする。
「龍彦さんね・・・私はこずえ、金森こずえよ。」
「こずえさんですね。素敵なお名前だ」
「ふふふ、ありがと」
赤ワインが注がれたグラスを手にした2人は、ソファで向かい合う。
「ではこずえさん・・2人の出会いに乾杯 」
「乾杯・・龍彦さん」
豪華なVIPルームにグラスの音色が響き渡る。