№5【約束】
ピッ ピッ ピッ ピッ
大学病院の救急救命センターで30代の男性が危険な状態を彷徨っていた。
男性には心電図モニターやあらゆる救命器具が装着されている。
ベッドの横で診察していた医師は重苦しい表情のまま向かいにいる看護師に首を振る。
それはこの男性の命の炎が消えかかっている事を意味していた。
男性の名は八坂拓海(やさかたくみ)、31歳、会社員。
拓海は昨日の朝バイクで通勤中にセンターラインを大きくはみ出してきた車にはねられ救急車でこの病院へ運ばれた。
病院へ到着した時には既に回復の見込みがない事は誰の目にも明らかだった。
病室の前の廊下には拓海の両親と婚約者がいた。
婚約者の谷田茜(たにだあかね)は28歳。茜は二ヶ月後に拓海との挙式を控えていた。
拓海と茜は既に同じマンションで生活を始めていて、警察からの連絡は茜の元に一番に入った。
三人は昨日から祈るような気持で拓海が目覚めるのを待っている。
そんな三人の元へ医師がやって来てこう告げた。
「色々と手を尽くしてみましたが、おそらく今日明日どうこうなってもおかしくない状態です。どうぞ中へ入って傍についていてあげて下さい」
医師は神妙な面持ちで病室のドアを開けた。
医師の言葉が何を意味するのか悟った母親は大声で泣き崩れる。そして夫に抱き抱えられるようにして病室に入った。
茜は呆然としたままその後に続く。
部屋に入ると拓海はベッドの上にいた。
顔は精気がなく土気色をしていて目を瞑っている。人工呼吸器に繋がれた身体は胸の辺りが不自然なくらい大きく膨らんだりしぼんだりしていた。
おそらくもう自発呼吸は出来ないのだろう。拓海は人工呼吸器で生かされている状態だった。
拓海の母親は泣きながらベッドへ駆け寄ると大声で息子に呼びかけた。
「拓海っ! しっかりしてっ! 拓海っ!」
しかし拓海の瞼はピクリとも動かない。
それに気付いた三人は大きな絶望感に襲われ誰も言葉を発する者はいなかった。
室内にはただ人工呼吸器の無機質な機械音と母親のすすり泣く声が響いている。
三人はしばらくの間傍で拓海を見守っていた。
そして夜の9時になった。
拓海の両親はかなり疲れ切っている様子だった。昨日からつきっきりなので無理もないだろう。
そこで茜は今夜は自分が拓海の傍に付き添うと申し出た。
「何かあったらすぐに連絡しますから」
両親はその言葉で一旦家に帰る事にする。
拓海の父親は親戚にも連絡を入れてなくてはと妻に言った。
「茜ちゃん、よろしく頼むよ」
拓海の父は茜に頭を下げると今にも倒れそうな妻の肩を抱いて駐車場へ向かった。
その後病室で拓海と二人だけになった茜は、ベッドの枕元へ椅子を引き寄せて座る。
拓海が事故にあってからかなりの時間が経過していた。
茜は事故後一睡もしていないので既に身体の限界を感じていたが、なんとか気力だけで耐えていた。
しかし静まり返った病室で規則的なモニター音だけを聞いていると、どうしても睡魔が襲ってくる。
(こんなに絶望的な状況でも、人間は睡眠欲には抗えないのね)
そんなどうでもいい事が頭を過る。
そして茜は次第にうとうととして眠りに落ちていった。
眠りに落ちた茜はこんな夢を見ていた。
コメント
3件
言葉が出てこない…
ここだけでもつらすぎる💧
😢😢😢