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茜は福島県の小さな町にいた。
道路脇の山肌には野生の藤の花が見事に咲いていた。
公園にある整然と咲いた藤の花は見た事があるが、こんな野性味溢れた藤の花の群生は今まで見た事がない。
「うわぁ、ステキ! 野生の藤の花を見るのは初めてかも」
茜は感嘆の声を上げる。
その時茜は24歳だった。
茜は大型バイクの免許を取得したばかりで、休みを利用して一人福島までツーリングに来ていた。
そして今日の宿へ向かう途中、この藤の花の群生を見つけた。
そこへ新たなバイクの爆音が響いてきた。
峠の道を登って来たバイクは真っ直ぐにこちらへ向かって来る。そして茜のバイクの隣に停まった。
茜のバイクよりも一回り大きいバイクには、茜よりも年上と思われる男性が乗っていた。
男性はエンジンを切るとすぐにヘルメットを外す。
そして茜と同じように群生している藤の花を見上げた。
「おーっ、すげー!」
男性が大きな声で叫ぶ。それは無理もない。これだけ群生していたら誰でも感動するだろう。
男性はしばらく藤の花を見た後、今度は茜の方を向いて「あれ?」という顔をする。
そして茜にこう言った。
「こんにちは。君、さっきドライブインにいたよね?」
茜はいきなり話しかけられたので驚いたがすぐに返事をした。
「あ、はい。あそこでお蕎麦を食べてきました」
「僕も食べたよ。やっぱり福島の蕎麦は美味いよねー」
男性の笑顔はとても爽やかだった。その笑顔に茜はドキッとする。
男性は茜よりも2~3歳年上だろうか? 訛りがないところを見ると地元の人間ではないようだ。
もしかしたら茜と同じ旅人かもしれない。
茜はちらっと男性のバイクを見る。するとバイクには東京のナンバーがついていた。
(私と同じ東京から来た人なんだわ)
茜がそう思うと男性も同じ事を思っていたようだ。
「君も東京から来たんだね。女性一人でここまで来るのってすごいな」
「はい、やっと大型の免許が取れたので思い切って来ちゃいました」
茜ははにかんだような笑顔で言った。
男性はそのチャーミングな笑顔に一瞬にして惹きつけられる。
それが二人の出会いだった。
そこで茜はハッと目を覚ました。
どうやらうたた寝をして夢を見ていたようだ。
茜は手で目をこすってから目の前の拓海を見た。
しかし拓海は以前と同じように人工呼吸器での呼吸を繰り返しているだけだった。
それを見た茜は改めて絶望感に襲われる。
しかしその絶望を振り切るようにして拓海の手をしっかりと握った。
「拓海、早く帰って来て! ずっと傍についているから……だから早く帰って来て、お願い……」
拓海のほんの少しの変化も見逃さないようにと茜はしばらく手を握ったまま見守り続けていたが、時計の針が0時を回る頃になると再び睡魔が訪れる。
ほとんど寝ていないのだから無理もない。
茜はいつの間にか拓海の枕元に頭を乗せるようにして眠りに落ちた。
そしてまたすぐに夢を見る。
今度の夢は、拓海と茜が藤の花の下にあるベンチに座り会話をしている場面だった。
拓海はとても穏やかな表情でこう言った。
「僕は茜と出会えて本当に良かったと思ってる。茜と一緒に過ごした日々は、僕にとってかけがえのない大切な宝物だ」
「なあに? その言い方。なんだか縁起が悪いわねぇ。私達はこれからもずっと一緒にいるんでしょう? 結婚式だってまだこれからなのよ」
すると拓海は少し淋しそうな表情で続けた。
「もちろん僕はずっと茜と一緒だよ。でももし互いの寿命が尽きる時が来たら、その時は生まれ変わってまたこの藤の花の下で会おう! 約束だよ」
拓海は穏やかに微笑む。
その時夢の中で茜はこんな風に思う。
(なんで拓海は急にそんな事を言うのかしら?)
その時、突然モニターのけたたましいアラーム音が鳴った。茜はハッと目覚める。
部屋には慌ただしく何人かの医師と看護師が入って来た。そして拓海のベッドを囲み延命措置を始める。
茜は部屋の外に出るように言われたのですぐに廊下に出た。
そして小刻みに震える脚でじっとドアの外に立ち尽くしていた。
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コメント
3件
辛い… 藤の花見守ってて…
伝えたかったんだ💧
出会った時を夢で見た茜さん そんな彼女に夢で言葉を遺した拓海さん 見守る藤の花 悲しすぎる…😢