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エンジンを切った幸人が車から降りたので、悠莉もジュウベエを腕に抱いて車外へ――



「わぁ~……」



外の空気は冷たくとも、陽射しが優しくも暖かい。



悠莉は両手を上げて背筋を伸ばす。そして改めて“目的の地”を見回してみた。



其所は眼前に見える山々のふもとに位置するだろう――広大な野原。



周りには家々も無く、何の変哲もない大地が広がっているだけ。



「えぇ……とぉ……」



こんな辺境の荒れ地に何の用が有ると言うのか、彼女は言葉を詰まらせる。



此所が今回の目的地にしては、余りに色気が無さ過ぎた。



「……オレ達は昔、此所に住んでたんだよ。まあすっかり面影すら無くなっちまったみたいだがな……」



ジュウベエが悠莉の腕の中、何も無い荒野を見て感慨深く呟く。



「えっ!?」



“幸人お兄ちゃんとジュウベエが昔住んでいた所って――”



その瞬間、悠莉は全てを理解した。



彼女はかつて幸人の深層を垣間見て、ある程度の事情は知っている。敢えて触れる事もない――と。



だがその原点となった場所が、今眼前に広がるこの地だとは夢想だにしなかった。



「あの時以来、此所は国の私有地になってから……何もかも無くなっちまったんだな」



“あの時以来!?”



かつて此処で何が起こったと言うのか。悠莉にもそこまでは分からないし、訊く勇気も無い――“訊いてはならない”気がした。



「――で幸人? アイツのコードナンバー反応は?」



「……此処一帯に於ける反応無し」



「やっぱ真っ昼間からはなぁ……。もしかしてガセネタの可能性とか?」



「わざわざガセを提供する意味が無い。アイツが尻尾を出すまで待つだけだ――」



ジュウベエと幸人のやり取りを、悠莉は何処か疎外感を以て傍観するしかない。



「本当にアイツが生きているのなら、この地に留まっていれば必ず自分から姿を現す」



「だな……」



依頼された任務の事で濁そうとしているが、今二人は一体、どんな気持ちでこの場に居るのだろう――と。



「――ってな訳で悠莉? 行こうか?」



不意に幸人が悠莉の小さな頭の上に、掌をポンと乗せた。



「――えっ? なになに!?」



心此所にあらずだったのか、悠莉はその突然の事に戸惑いながら言葉を詰まらせた。



「何時までも此所に居ても仕方無い、今日の所はな。それに……行きたかったんだろ? 色々と」



そう幸人は笑顔を見せる。悠莉が初めて訪れたであろう熊本。彼女が色々と見て回りたいという思いを幸人は忘れていなかったのだ。



「幸人お兄ちゃん……」



頭の上に乗せられた、大きくて暖かい掌。悠莉はそれを両手で重ね合わせ、何処か気恥ずかしそうに。



幸人の笑顔を、彼女は久々に見た気がする。



此所に来るまでずっと張り詰めていたのは、端から見ても分かる程に。



此処で何が起きたのか? 彼は――ジュウベエも真実を話さない。



だけど何時も通り、二人は接してくれると――



「うん! 行こ行こ!」



今はそれでいい――と、悠莉もとびっきりの笑顔を見せた。



“何があっても、幸人お兄ちゃんはボクの大好きな幸人お兄ちゃんだから――”



それは決して変わる事は無い。例え――“何が起きても”。



二人は車に乗り込み、この地を後にする。



――その後は二人で色んな所を見て回り、瞬く間に時間が過ぎて行った。



田舎町なので特に娯楽施設が充実している訳でもないが、一緒に見て回れるなら悠莉にとっては何でも良かったのだろう。



途中通り過ぎた、田舎町にしては“それなり”の大型ショッピングモールでは、ジュウベエの為の金のスプーンや、琉月の為にお土産として特産品を購入したりと。



『あぁ! 幸人お兄ちゃんアレ獲って獲って~』



モール内のアミューズメントパークでは、プライズゲームの一角に、悠莉が以前から欲しがっていた“あの景品”まで。



「――これ可愛いね~。カクカクと動いてるよ~」



陽も暮れかけ、今晩の宿へと向かう車内道中――悠莉はダッシュボードに取り付けた、獲得するまでに幸人が千円以上も投入する羽目となった、太陽電池で動く熊本のマスコットキャラクタ――『くまポン』の動きを見ながら御機嫌の模様。



今や全国区で人気となった『くまポン』。勿論何処のアミューズメントパークでも目玉景品として置いてあるが、発祥の地で獲得する事に意義が有ると言う事なのだろう。



――結局の所、今夜の宿は『華麗の荘』という、人吉城跡地の近くに在る、それなりに敷居の高い旅館へ宿泊する事となった。



此所は個室一つ一つに天然温泉を完備しており、観光客からの評判も高い。



出される夕餉も鮮やかな食材の和食で彩られており、通を唸らせる。勿論悠莉も大満足だ。



御代は一泊一人22,000円と、それなりに張るが、折角来たのだからこの位してやらねば――と。それに悠莉が喜んでくれたのだから、幸人にとってもそれで良かった。



――午前零時過ぎ。本来の主旨もすっかりと忘れ、観光気分ではしゃいでいた悠莉は疲れたのだろう。用意されている部屋の布団で、ジュウベエと共にすやすやと寝息を立てていた。



“頃合いか……”



彼女が寝静まったの確認したのか、幸人は部屋の灯りを落とす。そして可愛らしい寝顔を見せる悠莉へ、そっとその額を一度だけ撫でた。



名残惜しく立ち上がった幸人は、一度深呼吸をして左腕を確認。



“コードナンバー『002104ZX』反応――219K地点”



液晶に記されたそれが示すものとは――



「…………」



幸人は瞳を閉じ、精神を集中させる。



部屋内だと言うのに幸人の姿は、何時もの黒衣を羽織った“執行形態”そのものだった。



それが意味する事は――ただ一つ。



刹那――幸人の姿が、部屋内から一瞬で姿を消した。



“分子配列相移転”



気付かれる事も、伝える事もなく――行ってしまったのだ。



何も知らず寝息を立てる二人を残して――。

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